大道幸之丞

エレメント・オブ・クライムの大道幸之丞のネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

本作はラース・フォン・トリアーの初長編であり、私にとっても初トリアー作品で私は最初は1985年に観た。「サイコ・ミステリー」と言えば言えるが、私にはリンチの「イレイザー・ヘッド」か蛭子能収初期作品の感触があった。

欧州でショックによる疲弊を受けカイロで催眠術治療を受ける主人公の刑事フィッシャーは問いかけに答える形で物語の経緯を追う。

人間関係は彼の師匠筋のオズボーン。彼の著作『犯罪の原理(エレメント・オブ・クライム )』にフィッシャーは多大な影響を受けておりアラビア語の翻訳版を自ら出版したほど。そして署長で上司のクラマー、『くじ売り娘連続殺人』の容疑者ハリー・グレイ(本人は最後まで出てこない)、その愛人で娼婦のキム。

構成には実験的な試みが多く、回想で鑑賞者を巻き込もうと終始画面の色彩をアンバーに矯正している。これにより回想と夢想と(物語の中での)現実を曖昧にボケるよう敢えて仕向けている。

常に流動的な「水」をシーンのどこかに配置している。「光りかた」や「質感」ばかりを表現しようとしすぎるきらいも。

例えばむやみに水に落ちた馬の死体が出てきたり、医療器具が散乱しているような「寝転がってはいけないような場所」へ平気で寝転がる者たち。「寝ては危険な大きな段差の壁のヘリ」で眠るフィッシャーなど、蛭子能収の初期作品は「夢で見た場面を描いている」らしいが、本作も夢の中のように不条理でおかしな状況や構図もいきなり納得させられるように描かれている。

物語はハリー・グレイの足跡・軌跡を追う中で『犯罪の原理』の通りに「犯人の心情や体験に寄り添う」試みに最後はハマり、最後が欠損した連続殺人を完成させたくなり、オズボーンは自死し、フィッシャーも破滅してしまう。

「手法」といえば『ヨーロッパ』で見られる時計の上を走る表現など、すでに好のむアプローチが散見される。
この頃のトリアーは自分で表現したい事と、訴えたい事に興味が強く、鑑賞者がそれをどう見ようかに一切関心がないように思われる(それでは困るのだが)
そしてその後の作品同様に予め不完全な『哲学性』が盛り込まれている。

その意味で精神不安定でノイローゼのような状態が日常な人物かなと思ってしまう。

しかし長い洞窟を道案内しながら手引されているような不思議な感覚が得られる。これは「画(え)」のつくりが巧いから故だと思う。