トンボのメガネ

歩いても 歩いてものトンボのメガネのネタバレレビュー・内容・結末

歩いても 歩いても(2007年製作の映画)
3.2

このレビューはネタバレを含みます

是枝作品の鑑賞はこれで6作品目になる。
「誰も知らない」の子供たちの自然な演技と救いようのないドキュメンタリータッチの映像が印象的だった。
そして、TVで下記の4作品を見た。
「そして父になる」
「海街diary」
「三度目の殺人」
「万引き家族」
どの作品もそれなりに楽しい時間を過ごすことができたのだが、「三度目の殺人」が他の作品と異なりズバ抜けて素晴らしかった。その理由を確かめる意味も含めて、本作を視聴してみることにした。

本作では、是枝監督と親交の深かった樹木希林さんが母親役を演じているのですが、彼女の圧倒的な存在感が主役になるはずだった息子役の阿部寛を完全に喰ってしまっているように思われた。
本来ならば父親役の原田芳雄さんと同じか、又はそこよりも一歩後ろに下がるべき配役だったと思われるが、苦いテイストで一番印象強く見る人達の記憶にベタっと残ってしまっている。
『海街diary』で演じた四姉妹の叔母役のような抑えた演技であれば、本当に自然で上手い役者であるのに、人間の深層心理に迫るような演技となると、やり過ぎてしまう感が否めない。

作中の母親が意地が悪すぎるのも気になった。監督が恐らく意地が悪いのだと思う。
それは他の作品を見てもなんとなく伝わってくるのだが、監督と似た感性の樹木さんとのタッグが少しネガティブに作用していたように思われた。

ハッキリ物を言う人間と嫌味を嫌味として相手にぶつける人間は全く別であって、本作の母親は後者である。

夏川結衣の演じるお嫁さんが気の毒になるくらいの嫌味の応酬で、肝心の長男が犠牲を払って助けた男性への毒が薄れてしまっていた。

人ってそんなに意地悪じゃないですよ?
と密かに思った。

だからこそ亡くなった息子を忘れられない母親の悲しみが毒となった時に衝撃が走るわけで…
普段から毒を吐きまくる人は、もっと違う感性で悲しみに対峙するのではないだろうか?
あの程度の毒を吐いたところで、あの母親らしいなと感じただけで、悲しみという形では伝わってこなかった。

どんな意図で監督がこの作品を作ったのかは分からないが、孝行したい時に親はおらず…的なことであれば、もう少し可愛げのある母親でなれば、共感することは少々難しい。

父親役の原田芳雄は絶妙なさじ加減でそれが出来ていたので、サッカー観戦の下りは少しぐっとくるのだが、母親を車に乗せるだとか母親から聞いた蝶の話で心が波打つことはなった。

その結果、他の方のレビューにもあったが 見終わった時の感想が「で?」になってしまうのである。

日常の描写がとても丁寧で素晴らしいだけに、なんだか勿体ないように思えた。
『海街diary』にも同様にあるのだが、食卓のシーンが本当に素晴らしい。
枝豆と茗荷の混ぜご飯やコーンのかき揚げは最高に美味しそうだった。
Youも含めたわちゃわちゃした家族団欒はとてもリアルで素敵だった。

阿部寛も本来はもっと上手い役者だと思うのでね。
『悪人』の時の樹木希林と柄本明の濃厚な演技にお腹いっぱいになり、肝心の主演二人がボヤけてしまった現象を思い出す。
それでも美しい存在感を損なわなかった満島ひかりが今思うと稀有な役者だったと改めて思わせる。

『三度目の殺人』がこれまでの是枝作品と異質に思えた理由は、役所広司による芸術とも言える怪演が大きく作用していた事がよく分かった。
是枝監督の意地悪で少し捻くれた脚本を大きく包み込み良い形に昇華させていると思う。

他の監督にはない綿密な脚本や演出の才能が、共演する役者によって今後どのような変化が生まれるのか気になるところです。