なべ

イベント・ホライゾンのなべのレビュー・感想・評価

イベント・ホライゾン(1997年製作の映画)
4.0
 昔、美人姉妹のお姉ちゃんの方から「なべさん、イベント・ホライズン観た?」と電話がかかってきた。あまり興味はなかったのだが、「ちょっと変わった怖いSFだからぜひ観て」と強く推された。邦画を観ないぼくに「リングを絶対観て!おしっこちびりそうなくらい怖いから」と猛プッシュしてきたのもこの姉妹だったので、これは世間の評判がどうあれ観に行かねばと認識を改めた。
 ワープ航法の実験中に行方不明になったイベントホライズン号が7年後突如海王星近くで発見され、救助艇が調査に向かうという話。たぶん一般的にはおもしろくなくはないと評される一本だと思う。
 今や、ダメな方のアンダーソンと言われて久しいポール・W・S・アンダーソンだが、当時はまだバイオハザードも撮ってなくて、特に悪い評判はなかったのだが、興行的にはまったく奮わなかった。その後、マニアたちから再評価され、隠れた名作SFと呼ばれるようになった。ブレードランナーなんかも同様で、公開終了後徐々に人気を獲得していったカルトな作品のひとつ。
 最近、各国で4Kリイシュー盤が出て(日本は未発売なんだよなあ)、しかもスチールブック仕様なので、ついついコレクター魂に火がついてしまった(UHDに日本語字幕あり)。後悔はしてない。
 うん、確かにおもしろくなくはないわ。まず船内内装がエイリアン。クルーが労働者っぽいのもそう。やがて起こる怪異現象がソラリス風味で、次第に発狂していくサム・ニールはシャイニング。クライマックスで船内はヘルレイザーの血の池地獄と化す。とまあやりたい放題な作品。だが演出の切れ味は決して悪くない。シリアスなトーンもB級らしからぬ濃密なもの。誰かに勧められるような上等な作品ではないのだが、ぼくは好き。マニアはコマ送りで何度も繰り返し観るんだぜ。地の池地獄が一瞬しか映らないからコマ送りで解析するのねw
 タイタニックのスケジュールの遅れを埋めるため(この厳しい成り立ちが泣けるじゃないか!)に低予算・短期間でつくられた割にメカのデザインがとてもカッコよく、宇宙服もよくできてる。中でも重力ドライブコアは重厚にして荘厳。中世の宗教裁判を思わせる禁欲的デザインなのだ。イベントホライズン号もゴシック建築で建てられた十字架のように見える。プロジェクトの初期段階ではクライブ・バーカーがコンサルタントとして参加してたらしい。
 そこまで宗教的なモチーフにする意味はあるのかって? これがあるんだな!
 2001年宇宙の旅とは比べるべくもないが、2001年でディスカバリー号が宇宙のはてで神さまに出会ったのとは逆に、イベントホライゾン号は宇宙のはてで地獄を見つけた話なんだから。地獄は地の底ではなく宇宙の果てにあったんだね。
 つまり、イベント・ホライズンは、重力ドライブ(ここからネタバレするよ!)で特異点をつくり出し移動するワープ航法で、地獄の蓋に穴を開けてしまったわけ。地獄と言っても鬼や蛇が出てくるわけじゃないよ。そういうエイリアン的なものは一切出てこない。じゃあ何をもって地獄なのかと思うでしょ。あえて言語化するなら、混沌と殺戮かな。ヘルレイザーのあの血と肉の痛い世界。
 個人の持つ思い出したくないトラウマ級の記憶の傷を広げにくる精神攻撃。からの錯乱。さらには流血と肉片の飛び散るゴア描写へと発展するの。ウィアー博士に至っては、その地獄に完全に魅せられちゃってるからね。自ら目ん玉潰しちゃうくらい。
 一刻も早く脱出したいまともなクルーと、すべてを地獄に取り込みたい博士のせめぎ合いもちゃんとハラハラできる。脱出のアイディアもよくできてる。
 ワープ航法の理論・理屈はサクッと説明される(ドラえもんレベル)だけだし、もう一度地獄の果てにワープすることもない。なんだかわからないうちにヤバい事態に陥り、話は一向に進まないのに状況はどんどん悪くなっていくってシナリオ。整然としたストーリーが好きな人には間違っても勧められないが、逃げ場のない恐怖のどん底をささっと味わいたいって好きものには全力でお薦めしたい。
 B級にしては良質なメカデザインと、よくわからないのにキレがある演出で、物語は一向に進まないながら重厚なトーンが楽しめるなんて最高でしょ。
 ダメな方のダメじゃないイベント・ホライズンをどうぞよろしく。もし、このレビューをきっかけに観ても、おもしろさは保証できないからね。「なにこれ、しょーもな」ってなっても知らないからね。「4.0なんてアホか!」って苦情は甘んじて受けます。
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