Ricola

スタンド・バイ・ミーのRicolaのレビュー・感想・評価

スタンド・バイ・ミー(1986年製作の映画)
3.8
およそ5年ぶりに鑑賞したが、正直自分の率直な感想はまだ変わらない。
とはいえこの作品の名作たるゆえんである、ストレートなストーリーや個性豊かなキャラクター、そして「青春」の見せ方の素晴らしさに改めて感動させられた。

たった一日のひと夏の冒険かもしれないが、それが大人になっても特別な経験だったと思う。
大切にしまっている子供のときの思い出が想起されるような作品である。
しかしこの作品は単に「青春」を描いただけの作品ではなく、子供たちが初めて人生観を揺るがされたり、死について考えさせられるといった、「人生」を問う作品でもあるはずだ。


まずはショットの構図と作品のテーマの関係について述べる。 
線路が手前に見えるローポジションのショットは、ゴーディーたちの旅のスタートを物語っている。そのショットのフレーム外から声が聞こえてきて彼らが画面上に現れると、カメラの位置も上がる。
大きくてゴツい見た目の鉄でできた線路の上に彼らは乗り、それに沿って歩いていくのだ。
さらに赤い「トンネル」を通して見える遠く先は明るく光っている。
彼らの冒険が始まり、それぞれが歩んでいく人生もこれから本格化することが示されている。

この作品のテーマは前述の通り、青春であり人生であり死なのである。
特に死については、ゴーディーらは常にそれと向き合っていると言える。
クリスの兄たちの「日常」の描写が、ゴーディーたちの冒険の間に插入される。
ゴーディーたちとの差と共通点がはっきりと示されている。そこで共通していることは、死に向き合っていることなのだ。クリスの兄たち不良が無鉄砲なことをしてスリルを楽しむというのは、つまりは「死」の直前を体験するという最大限のスリルを味わうことなのだ。

一方でゴーディたちにとっても、身近な人の死、死体探しの旅とゴーディーたちの冒険のテーマは「死」なのである。
旅の道中で彼らは何度も生死をさまよう経験をする。
度胸試しをしたり汽車に追われるなどの危険を冒すし、血を流す事件も起こる。
そして死体を目にするとは、死に触れることではないか。
彼らは死の恐怖を体感し、それを4人で共有することで強い絆が生まれる。

そしてこの少年たちは、それぞれ親とトラブルを抱えている。
ゴーディーの親友ともいえるクリス(リヴァー・フェニックス)は、親が褒めてくれないゴーディーの文才を認め彼を尊敬している。
「お前の親がしてくれないなら、俺が親代わりになる」と言ったクリスは、ゴーディーにだけではなく他の二人の父親もしくは兄のような役割を果たしている。
そんなクリスも親とうまくいっていない。

「誰も僕を知らない土地に行きたい」
彼らは小さな町に住んでいるため、皆がお互いのことを知っている。
余計に噂や出身で判断されてしまうのだ。そのことを不満に感じている彼らは、この冒険を達成することで認められたいという気持ちもあったのだろう。

普遍的かつ実は重いテーマを中心に据え、誰もが共感しうるようなエピソードを盛り込むことで多くの人の心に響く不朽の名作となっているのだろう。
ゴーディーのナレーションが程よい説明の量であり、わかりやすくも特にラストの余韻の効いた作品である。
Ricola

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