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新釈四谷怪談のhorahukiのレビュー・感想・評価

新釈四谷怪談(1949年製作の映画)
4.5
四谷怪談でここまで切なくなったのは初めてかも。2時間30分の長尺ですが、全く長く感じさせないほど面白くて、自分でもびっくりするくらい夢中で見てしまいました。これは傑作ですね♫

『新釈』としているだけあって、四谷怪談に独自解釈を加えています。最も大きな改変はお岩さんが幽霊として出てくるわけではなく、伊右衛門の罪悪感が見せる幻として描いているところ。

今作の伊右衛門は根っからの悪人ではありません。だからと言って完璧な善人というわけでもない。そのリアリティのある人物像が伊右衛門という人物に深みを与え、観客は伊右衛門というキャラクターにどっぷりと没入してしまう。その抱える苦悩を見事に演じきった上原謙は本当に素晴らしいの一言。

自らの落ち度とは言えないことで責任を取らされたために、浪人としてお岩さんと2人貧しい生活を強いられている伊右衛門。そこに悪魔がおいしい話をもって現れる。出世と妻を天秤にかけるという話は日本の怪談では良くありますが、ここまでじっくり丁寧に善悪の葛藤を描いた四谷怪談は他にないのではないかと思います。

最初は、自分でも気づかない程度にしか存在しなかった悪の心。それが悪魔のささやきにより自らの心の中で次第に膨れ上がり、善を侵食していく。そして、力関係が逆転した後もしっかりと心の中に残る善。強大化した悪と、かすかにだけど確実に存在する善のせめぎ合い。

過去の裕福な生活と没落した現在。その落差が出世への欲を加速させる。妻への愛との間で葛藤する伊右衛門の思い詰めようが尋常ではなく、まだ何も起きてないのに既に精神を病んでるのでは?と思わせるような内面の危うさが見ていて苦しくなるし、そこが伊右衛門の善人な面を強調してるのも良い。

そして悪へと一歩足を進めてしまった先にあるのは、心の中で思い描いていた天国などではなく、出口のない地獄。誰かに助けを求めることもできず、唯一腹を割って話しができる相手は悪魔のみ。そしてその悪魔ですら自分に対して牙を剥く。地獄ではそれまでの常識なんて通用しない。後悔しても、もう引き返すことはできないし、自己の中にある罪悪感と善の心が前に進むことをも許してくれない。そして、追い詰められた彼の心が次第に崩壊して行く。

この作品の描く後悔と息苦しさは、映画の中に留まらず、非常に身近な問題として観客にも訴えかけてくる。鑑賞後にジャケ写を見ると本当に苦しくなってくる。傑作でした!
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