netfilms

クンドゥンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

クンドゥン(1997年製作の映画)
3.9
 1935年、チベット北部アムドのタクツェルという町。山は雪化粧をし、底冷えするような寒さの中、1人の男の子が生を受ける。9人兄弟の末っ子が生まれる時父親は病気で、母親は一人で彼のこの世に生を受けた瞬間を見守ったが、信じられないことに彼は泣き声ひとつあげなかった。やがて父親の病気は回復し、両親はこの子を「守る人」という意味のハモ(テンジン・イェシェ・パチュン)と名付ける。早朝、気持ち良いまどろみの中で目覚めたハモは年の近い兄貴の耳を引っ張る。幼い頃から好奇心旺盛で、父親の行動をじっくりと観察する癖がある末っ子は、家長の父親を押しのけ上座に座る。2年後の1937年、第13世ダライ・ラマの逝去から4年後、ダライ・ラマの生まれ変わりを探そうと長旅を続けていた変装した高僧は生まれ変わりを探し求め、ラサへ戻る途中、ハモの家に滞在する。ハモは高僧になつき、彼が首にかけている数珠を「これは僕のだ」と言い張る。数珠を手渡すと、ハニカミながら誇らし気につける慈愛に満ちた笑顔。最終適性試験とすべく、今度は本来の服装で家を尋ねた高僧は、誰か著名な高僧の遺品を、よく似た物品と並べてラモに見せると、彼はことごとく本物の遺品を言い当てる。高僧たちは感動し、思わず「クンドゥン」と呟く。この言葉は慈悲の仏陀、観音菩薩の生まれ変わりを意味する。

 スコシージのキャリアの総決算となった『最後の誘惑』では、エルサレムに向かう途中のイエス・キリスト(ウィレム・デフォー)の説法により、周囲の人間が彼を国を統一する救世主かも知れないと思い始める。その後ガリラヤ湖周辺で病人を治して歩く彼の評判は日に日に高まっていった。今作ではまだ年端もいかないハモは、自らをダライ・ラマの後継者だとは夢にも思わない。2年後、成長したハモ(トゥルク・ジャムヤン・クンガ・テンジン)は母親(テンチョー・ギャルボ)ら家族と別れ、高僧たちと共に首都ラサへと旅立ち、ダライ・ラマとして生きるための修行の日々に入る。ダライ・ラマ5世や7世の肖像画が見つめる部屋で、母親を思いながら心細くなる寝室での場面は涙無しには見れない。『最後の誘惑』のイエス・キリストが神の啓示を待ったのに対し、ハモは右も左も分からない時から親兄弟と引き離され、やがてチベット民族の象徴としての地位を背負うことになる。テンジン・イェシェ・パチュンからトゥルク・ジャムヤン・クンガ・テンジンへ、そしてギュルメ・テトンからテンジン・トゥタブ・ツァロンへと4人の俳優によりバトンされた男は1940年、ダライ・ラマ14世として即位する。映画はインド北部ダラムマサラに置かれたチベット亡命政府の支援を受け、チベット伝統の朱色を基調とした服装や独特の石組みで作られる建築、仏教儀式や大衆文化を緻密に再現している。しかもダライ・ラマの青年期を演じたテンジン・トゥタブ・ツァロンはダライ・ラマ14世の甥の息子にあたる。

 ダライ・ラマが見る3度の夢も象徴的だが、思春期に世界地図を見ながら、お手伝いのノルブにポーランドやパール・ハーバーの場所を聞いたダライ・ラマの姿が印象深い。彼は世界地図を拡げて、世界の趨勢を把握しようと躍起になり、「チベットは安全だね?」と聞くと「そう願います」と応える。前半部分の大らかな成長過程が、後半になるとまるで一変する。地上神として崇められた自分の神と人間とのギャップに葛藤する様子は『最後の誘惑』と同工異曲の様相を呈す。スコシージは「民を守ることが私の使命」と語るダライ・ラマ14世の存在不安に苛まれる姿を70年代の『ミーン・ストリート』や80年代の『最後の誘惑』のように信仰と不可分な主人公の苦悩として丁寧に描写する。折しも中国では毛沢東(ロバート・リン)指導のもと、共産党支配による中華人民共和国が勃興、チベットが中国の領土だと各国にアピールし、さらにチベット政府に同様の趣旨の三つの要求を通告してきた。50年、ダライ・ラマは中国の要求を拒否し、戴冠式を執行、政府をインド国境近くのドンカル僧院に移した。インドへの亡命を勧める側近の声を聞きながら、1000年以上にも及ぶチベット人の非暴力主義の立場を貫きつつ、民を守ろうと新たな決意をするダライ・ラマだが現実は厳しく、解放軍将軍タンは執拗に礼を失した訪問を繰り返し、国連もチベットの独立承認を拒否するに及んで54年、自ら北京に赴き毛沢東と会見する。リアリティという面では全編英語であり、毛沢東らしからぬいかにも小物な毛沢東を演じた俳優の雰囲気と威厳が若干気になるものの、我々と変わらぬ普通の人間で、信心深い仏教徒だと思っていた人間から発せられた「宗教は毒」という言葉が、非暴力主義と共産主義との不寛容と断絶とを声高に叫ぶ場面の描写はあまりにも秀逸に映る。
netfilms

netfilms