海

ブエノスアイレスの海のレビュー・感想・評価

ブエノスアイレス(1997年製作の映画)
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波長があわないのに出会い続けるのがこの二人なんだとすればわたしと彼は真逆だったな、それがなんとなくすごく面白いことみたいに思えてあははって声に出して笑って、そしたら涙が出そうになってくちびるを噛んだ。先週の日曜だった、窓際に寝転んでると投げ出してた腕に陽があたっていて、ああ日焼けしちゃうって思ってたのにそのまま眠り込んでしまった。夢に見た、去年の夏、あなたが冷えてるねと言ってわたしの腕をつかんだときのことを。何度もその数秒をくりかえしては、いまここで何を言えばこの夢が続いてくれるだろうかと考えていた。彼はわたしを抱きしめて、抱きしめてるのに抱きしめられてるみたいに感じると言ったことがあった。あなたはわたしの光だった、でもあなたにとってのわたしが、わたし以外の何かになってしまうことが怖かった。あなたが海をどう感じているかも、目の前にひろがるその景色に他の誰でもなくわたしを重ねてしまうことも、怖かった。いつか言葉を交わせなくなった日に、いつか会えなくなった日に、海はあなたをすくえなくなる。海はわたしでも、あの夏の日でも、死に場所でもなくなる。それならいっそ時間なんてとまってしまえばいいと思った。消え失せることを永遠だと呼んでもいいと思った。地球をつらぬいて香港へ帰るように、まだ熱いままの恋をつらぬいてこの手はほどかれる、世界中のいたるところで、飼い慣らされた心は放たれる。人間なんか好きになれなくても、こんな夜中にこんな街で誰かが起きていてくれてよかったと都合よく考えたっていいじゃない。誰かの手で温められたからだだからひとりぼっちになれるの。会えていたときの恋しさともう会えない今のさみしさで死ぬまできもちよく生きていけそうだって思ってる、こんなわたしを余すことなく抱きとめて愛してくれた。会いたいとさえ思えばいつでもどこでも会える。手に出来ない全部がいとしい、この惑う星ごと抱きしめたいよ。ねぇ見て、きのう明けた夜がきたよ。
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