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鉄格子の彼方の一人旅のレビュー・感想・評価

鉄格子の彼方(1949年製作の映画)
4.0
第3回カンヌ国際映画祭監督賞。
ルネ・クレマン監督作。

ジェノバを舞台に、女殺しの罪で逃亡中のピエールと、娘と暮らすマルタの恋の顛末を描いたドラマ。
母と娘の心のすれ違いが鮮やかに描かれている。娘はピエールに対し憎しみの感情を抱く。娘は今まで母と二人きりで穏やかな生活を送ってきたのに、突如姿を現したピエールによってそれまでの生活は一変するのだ。娘と母の距離感が絶妙で、ピエールとマルタが抱き合う様子を遠い位置から見下ろす娘の姿が印象的だ。狭い部屋で母と二人で過ごしていた時とは違って、両者の間には物理的に大きな隔たりがある。娘と母の心も徐々に遠ざかってしまっているかのようで、母を精神的に失ったことを実感した娘の孤独がひしひしと伝わってくるのだ。
子どもにとって、母が女になる瞬間というのは耐え難いこと。しかもその相手が父ではなく見知らぬ男であるなら尚更辛い。母を奪ったピエールに対する娘の憎しみがやがて具体的な行動となって、マルタとピエールの関係を引き裂いていくのだ。
素晴らしいと思ったのが、親子間においても相互理解が望めないことを悲劇的に描いていることだ。母と娘はピエールを巡って一度激しく衝突する。この時の母と娘、それぞれの感情は自分に理解を示さない相手に対する怒りと失望だ。だが物語が進んでいくにつれ、娘の心情に変化が訪れていく。母に対する理解と優しさが、娘の表情からは分からないが行動の変化を通じて読み取ることができるのだ。だが、そうした娘の行動の根拠になった感情の変化を、母は察知することができない。母と娘の感情が見事に噛み合わないのだ。母に対する娘の優しさが、母の閉じた心を悲しく通り過ぎていく。そして迎える結末。素晴らしい。
そして、ピエールに扮したジャン・ギャバンの渋みのある演技も魅力的だ。粗暴で口の悪い男だが、ふとした時に見せる優しさが印象的。娘役を演じたヴェラ・タルキも子どもらしい繊細な心を感じさせる名演技を見せている。
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