東京人間喜劇の作品情報・感想・評価

「東京人間喜劇」に投稿された感想・評価

Pandano

Pandanoの感想・評価

3.4
1話2話は、真剣にやっていることが空回りしている、でも本人はその道を信じているから「おかしい」とも言えない微妙な感じで、時々世の中で目にすること…と見ていたけど、3話はちょっと違った。でも話が重くなったのに志賀廣太郎さんの存在が悲劇になるのを押しとどめていて、すごく印象的。それにあの状況の夫婦にしては能天気だしね。それこそ人間のおかしみか。
私もそうなんだろうな。なんかイヤだな。

サンクスシアター
梅田

梅田の感想・評価

3.8
これは面白かった。ロメール的な会話劇とユーモアから、邪悪がトグロを巻いているような第3部、濱口竜介脚本ともまた違うホラー映画みたいな緊張感。笑わせにきてるのか微妙なとこ、荒削りながら深田晃司の映画の魅力そのものって感じで楽しかったです。
登場人物2人が会話するシーンがやたら多くて、それはいいんだけど、シーンの絵面とか編集が絶望的に退屈なのはあえてなのか何なのか。あと第2部『写真』でギャラリーの電動シャッターを閉めるシーン、あんだけダラダラ撮っておいて何も起きず終わったときは思わず「マジか」と声を出してしまった。

このレビューはネタバレを含みます

嫁全部もってったなー!
腕なくなる大イベントがあるけど、地道に人間の性格の悪さを出してた。
大事件は起こらない(腕なくなったり、人は死ぬ)ちょっと嫌な日を集めた日常。
舞台の女2人も不気味に見えた。

たしか監督が賞取ったから、別の映画見てみようと思ったやつ。
現実味ある胸糞までいかないまでも、大半の人が感じるイラみたいな表現が得意なのだろうか。画はあんまり見てなかった。
淵に立つにも通じてそうな。(見てないけど。)
暗いのが好きな人は好きだと思う。
na坊

na坊の感想・評価

3.7
何も起こらないけど不条理なおかしみのあるロメール的な洒脱さから一転、後半は深田晃司監督独特のドロッとしたブラックワールドへ着地。

笑えるか笑えないかの境界を探る感じ。その感覚はまさしく利き手を失った人が手触りを感じてしまう錯覚であるかのよう。五感に訴える気持ち悪さ
サンクスシアターにて。
初深田晃司作品。作品は知らず発言だけでなんか私はもうちょっとハッピーなものを期待してしまっていたなぁ。まぁ、一筋縄ではいかないよなぁ、そりゃなぁ。

若い頃だったらもっと面白いと思ったかもしれない。歳をとったせいかこういうのはしんどいなぁ。これは若い時に撮れるものなのかもしれないと思う。

3話目はまぁよかったけど、2話目まではつまらんと思った。下手ではないけど面白いとまでは思えなかった。

人生つらいな。
Yuki2Invy

Yuki2Invyの感想・評価

3.8
ロメールの『喜劇と格言劇』の体裁を採っている、とも言えるが、これ喜劇なの?という感じでもある(=相当にシニカル)。三作目とか、かなりドラスティックにトラジディ(二作目もある意味凄く「居たたまれない」ケドも)。いちおう三作通して登場人物はそこはかとなくリンクしてゆく、というソコの「効かせ方」もまあまあ悪くない。そんなトコロも含めて、オムニバスではあるものの三作を通して「シニカルさ」を描き出すことが第一テーマと言うべき作品、かと思われる。



1.白猫
45分。ホントに偶然に知り合った二人の女が、夜中だってのにあっちゃこっちゃ慌ただしく歩き回る、という(ほぼ)一夜のみの物語。まあでも、こーいう経験て若かりしワタシにも無くはなかった、とゆーことで、私は男ですがそこは何となく共感出来ちゃったのです。要は、満たされない、とゆーことですよね(人恋しい、つーか)。ふとした何かが居なくなった白猫に見える、とゆーのは、これも私にも経験があるコトですわ(それは私にとっては、高校時代好きだったあのメガネのコ、ということになるのですが)。しっとりしっぽりとした風をカマす女性二人に比べ、男クズ二人は一転、何ともシニカルな滑稽さを作品にもたらしていたと感じました(=これはこれで好いアクセントだったかと)。繊細な短編ですが、纏まり・完成度はかなり良好ですね。

2.写真
34分。何ですかね、もはやコレは居心地の悪い、気まずい状況をひたすら描きたかった、というコトなのでしょーか?その意味では、終盤のその加速度はかなりキレッキレでしたね(特にあのデブゴン来襲あたりからは凄まじい)。ただ、ならばやはりオーラスにはもう少し演技的な工夫が在って然るべきだと思います。端的に、ちょっとアッサリ終わり過ぎ、とゆー様に感じるとゆーか(あーなることにはある種ものすごく説得力はあるのですケドね)。個人的にはどちらかというと苦手な作品です(そもそもですが私、あまりにシニカルな笑いって正直得意ではないのですよね)。

3.右腕
57分。これは素晴らしい。一見主人公が「右腕」という掛け替えのないものを失ったことがテーマな話に見えますが、実は主人公の絶望は更に深い部分に起因していた、とゆーのが終盤見事なまでに一瞬にして繋がります(思い返せば、確かに変な事故でしたよね)。とは言え一言、私にはあの奥さんは確かに子供は彼の子だと「信じて」いた様に見えましたよ。なら、それはそれでいーじゃないですか(彼女は彼女なりに彼と人生を共にしてゆこうという確たる意志を持っている、のですから)。一方で散りばめられるシニカルなコメディは、これも中々キレが好かったですね。どーでもいい脚フェチを延々語り込む医者、宗教紛いの同僚、何より『写真』で出てきたポンコツフォトグラファー(自称)の独り善がりな焦燥感が滑稽なコト!(『右腕』のココで効かせる為に『写真』を撮っておいた、という風にすら感じましたよ)。どーでもいい、とゆーのは、その愚かしさ故に笑いの対象となるのだ、と改めて実感しましたすね(それは乾いた「嘲笑」でしか無いのですケド)。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

3.5
【サンクスシアター33:オフ会0人よりも深き地獄】
サンクスシアターで深田晃司監督の『東京人間喜劇』を観た。濱口竜介監督もそうだが、深田晃司監督も会話の不協和音によってドラマを捻るのが上手い監督である。本作は3本のオムニバスとなっており、Filmarksで評判が高かったので観たのですが2話目の「写真」が壮絶な地獄で私好みでした。というわけで書いていく。

喜劇とは笑い話ではなくあくまで「悲劇ではない」という話は有名である。明らかに地獄な話にもかかわらず「喜劇」とついているのは、ギリギリで「悲劇」に倒さないことなのだろう。あるいは『本気のしるし 劇場版』のように壮絶な地獄すぎて、人間深層心理にあるドス黒いものが浮かび上がってきた時に生じる悪魔的笑いに対して「喜劇」と呼んでいるのだろうか?無論、タイトルはバルザックの「人間喜劇」から取られているのだが、なんだかこんな理論が脳裏を掠めました。

個人的に前者の非常に難しい演出に成功したと思われる第2話「写真」に賞賛を送りたい。この世にはオフ会0人よりも深いところにある地獄が存在する。それは案外近いところにある。

写真家はるなが個展を開くこのエピソードは辛辣だ。対して能力もないのにイキっている。初日にパーティを開こうとするが、友人たちからは既に来ないモードが漂っている。というよりかは彼女の個展にもかかわらず、その空間で浮いているのだ。そこに、通りすがりのデブが現れて「パーティするの?」と写真を観ようとしないくせにタダ飯を食おうとにじり寄ってくる。彼はいきなり、「北海道で唐揚げはザンギと言うんだ」と語る場面は、言葉が通じない人の不気味さを風刺したユニークな場面となっている。そして、当然ながら誰もパーティには来ない。これが一人なら、嘘がつけるが、彼女が一人なのを見ている人が存在する。さらには、彼女のに人は来る。唐揚げデブだ。だから、「個展に人が来る」という目的は達成されておりこの時点で「悲劇」から外れる。ここに痺れました。そうです、この世にはオフ会0人より深き地獄が存在するのです。

また、彼女のもとにモノホンのカメラマン「のざか」がやって来る場面があるのですが、このやり取りが秀逸だ。のざかが「その写真カメラ何使っているの?」「その写真ボケているけど意図的にやっているの?」と数個質問しただけですぐに化けの皮が剥がれてしまう。ムキになって、彼女が好きだと言うアンリ・カルティエ=ブレッソンやウォーカー・エバンスを知ったかぶるが、これまた失敗に終わる。そしてのざかは対等に話すことができないと侮蔑の目線を投げつけながら去っていく。全くの初心者となら出さない目線であろう、だがはるながイキって自爆しているのをみて、幻滅し軽蔑する。これは自分も昔やったことあるのでリアルだなと思った。そしてもう一度、その場面を観直すと確かにのざかの作品はアンリ・カルティエ=ブレッソンやウォーカー・エバンスを足して二で割ったような作品を撮っている。だが、似すぎて批評家からは「二番煎じだ」と酷評されそうな写真となっている。はるなとの身長差を巧みに使って彼女がマウントを仕掛けるようにして、のざかが恥ずかしそうに自分の作品を魅せるシチュエーションを作り出しているところに業を感じました。

この超絶技巧の傑作を踏まえると、第1話の「白猫」はプライド高い女性の妙な角度からの会話のいやらしさこそ不気味だがパワー不足であり、一方で第3話「右腕」は黒沢清になろうとしてなれないもどかしさがあった。特に「右腕」に関しては『芸術と手術』、『臆病者はひざまずく』といった手から身体が乗っ取られていく映画の傑作を知ってしまっている以上、また深田晃司監督の超絶技巧を知ってしまっている以上、もう少し面白くできたのではと思うところありました。
「白猫」「写真」「右腕」の3話からなるオムニバス形式。主人公は変わりつつも、それぞれ登場人物および物語が重なっている。

「白猫」「写真」までは、紛れもなくロメールだ!深田晃司、優しい……と思って見てましたが、「右腕」で突然シャブロルになったじゃん……『ほのりの蒴子』でも思ったけど、深田さんは間違いなくロメールフォロワー(ロメールっぽい、というかロメールなんですよ)でありながら、ロメールはやらなさそうな苦味を後半に持ってくることで独自のスタイルにしてる。

トークショーで深田さんが「ロメール作品は、突然災難が降りかかるのと同じように、突然幸福が訪れる」と言っていて、私もロメールのそういうところが好きで大変納得したんだけど、まさに深田さんの作品(特に「白猫」)でもそれを感じられる。

「写真」はまともに写真も勉強してないが自信だけはある主人公が個展を開いてみたものの誰も写真を見に来てくれないという、なんとも身につまされる作品。この主人公が傲岸不遜でたしかに鼻につくんだけど、嫌な奴として描かないところが深田さんの優しさであり、ロメールだと思う所以。

エピグラフや会話劇、そして編集の無駄の無さまでロメールだ。
『ハッピーアワー』を少し思い出した。人生はそれぞれなのだ。そして映画はハッピーエンドで終わったとしても、人生はいつもハッピーではないし、それでも続いていくという、ある種の残酷さがあることをこの映画は教えてくれる。もちろん、ハッピーもラッキーもあるけれど。
櫻

櫻の感想・評価

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人の暗部にこそ真理があるのだとして、その暗闇に手を伸ばしてみても、何があるのかすべて紐解くことはきっとできない。黒の宇宙に手を泳がせて、てさぐりで触れたその生々しい感触が脳内にこびりつく時、唯一の真理を掴んだのだと錯覚する。しかし、それはほんの一部分で、わたしはあなたというすぐ近くの人間のことさえ、理解するにおよばないのだと、ひやりとした感覚とともに思い知るのだった。すると、見慣れたはずのその人の顔の特徴がだんだんとうすれていき、目も口も鼻もすべて一色になって区別がつかなくなっていく。人というのは未知なる宇宙で、遠くからながめるほど滑稽で、近しくなるほどにおそろしい。
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