幽斎

隠された記憶の幽斎のレビュー・感想・評価

隠された記憶(2005年製作の映画)
5.0
この作品は最も頭を使った作品の1つ。しかも苦手なフランス語圏、しかも変態監督のMichael Haneke(笑)。近作「ハッピーエンド」も、何処がだよ!とツッコミたくなる問題作でしたが、彼の作品は暴力を肯定し不快感を快感とし、その一方で人間の奥底に潜む真実を曝け出す後味の悪さが特徴ですが、この作品もサイコ・スリラーの体を取りつつ、見る者に過去の人生を振り返らせる、とても文学的な作品です。

作品の最後のシーンは意味深です。ここをどう解釈するかですが、2人の人物が話してるのが分ります。それが誰かも良く分りますが、どうしてこの2人が話しているのか全く分りません。ではこの2人が犯人なのかと言えば、それは違います。その様な伏線は本編に全く有りません(キッパリ)。犯人を血眼で探している時点で、完全に監督の罠に陥ってます。本編に描かれる範囲で推理が出来る伏線が無ければミステリー的にフェアではありません。これは思わせ振りなミスリードに過ぎません。勿論犯人は御想像にお任せしますでは、プロが選ぶカンヌ映画祭で監督賞は取れません。

では、犯人は誰か?それは送られてくるビデオのアングルにヒントが有ります。冒頭のシーンについても、あれを人に気付かれずに撮影する事は可能でしょうか?あんな高画質で、しかも10年も前に。他にも送られてきたテープを見ると、どの位置から撮影されたのか説明できないシーンも有ります。つまり物理的に不可能と言う事であれば、犯人は「神」なのかもしれません。しかし、それでは作品が破綻しています、この作品がオカルトでない事は見れば分ります。

となると、残るのは・・・ そうMichael Haneke監督その人です。これなら論理的に説明が出来ます。監督はカフカの「城」を映画化した人ですし、あの問題作「ファニーゲーム」で似た様な演出をしています。推理小説の世界では「メタ・ミステリー」と言うジャンルが有り、作者が犯人と言えば世界的な名作も有りますが、だとすれば監督はドイツ人なので、ドイツ人から見たフランス人とは、いかに「疚しい」ものだと作品は語っているのです。Daniel AuteuilとJuliette Binocheと言うフランスを代表する名優が演じてるのも山葵が効いてる人選。物語が不条理に徹しているのも、現実世界の話ではないからです。監督は第4の壁を破る常習者「デッドプール」の様に明るく破ってくれれば良いのですが、本作は進化した「ファニーゲーム」とも言えます。その実験的な試みが高く評価されたのではないでしょうか。

百人百様の解釈のできる傑作。自信を持ってお薦めできるスリラーです。
幽斎

幽斎