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アンナ・マグダレーナ・バッハの日記のSEULLECINEMAのレビュー・感想・評価

5.0
若き日のグスタフ・レオンハルトとニコラウス・アーノンクール(一般的には偏屈な指揮者のジジイ、みたいなイメージが強いけれど、ここではケーテン侯に扮して素晴らしいチェロの腕を発揮している!)が出演しているというだけでも満点なのだけれど、徹底的に当時の演奏形態を再現しようとする試みが素晴らしい。彼らのロマン主義から遠く離れた極端とも言える復古主義的な演奏が前提にあるのは勿論ながら、当時演奏されていたであろう場や環境をも再現しようとしている。
そして決して自らを主張しない静謐なキャメラ・ワーク(それはハリウッドにおける自己消去的なキャメラ・ワークとは完全に隔たったものである)がそれを支えるとともに、芸術が生み出される下部構造に注目し、あくまで"労働としての音楽”を強調する語りがバッハ的神話を完全に解体する。
バッハという偉大な音楽家を決して特別視しようとせずに、あくまでその人間存在を現代に甦らせてフィルムに収めようとするその姿勢は、いわゆる"伝記映画”のそれとは全く異なっている。真の意味での歴史映画とすら呼べるかもしれない。
……それにしても、BWV 971とBWV 988で、よりによってそれぞれ1番退屈な第2楽章と第16変奏を選ぶのはあまりにも捻くれていると思う。レオンハルトの演奏が素晴らしすぎるからいいんだけど、キャメラの後退運動が奇跡的としか言いようのない冒頭のBWV 1050第1楽章の衝撃的なショットと比較すると、少し物足りない。
BWV 205の演奏は昇天しそうなほど素晴らしい。レオンハルトが晩年にエイジ・オブ・インライトゥメントと組んで録った仰々しいテイクより、何倍も良い。
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