アニマル泉

怪人マブゼ博士/マブゼ博士の遺言のアニマル泉のレビュー・感想・評価

5.0
ラングのドイツ時代最後の作品。「M」に続くトーキー2作目で、明石政紀が指摘しているように両作はサイレントとトーキーの過渡期を成す作品となっている。冒頭、振動と印刷機の音が不気味な偽札工場に潜入した元刑事ホーフマイスター(カール・マイクスナー)が発見され、逃げる、表に脱出した途端に上から落石、トラックから投下されたドラム缶が爆発!セリフはなく異様な緊張感で見せ切る。まさにサイレント映画のカットの強度と端麗さが漲る素晴らしいオープニングだ。
本作のアクション場面はラングの至芸だ。ホーフマイスターが電話でローマン警部(オットー・ヴェルニケ)に偽札作りの首謀者を密告しようとする場面、停電で真っ暗になり発砲される、発砲の瞬間だけ点滅するショットが素晴らしい。あるいはクラム教授(テオドア・ロース)をマブゼ博士(ルードルフ・クライン=ロゲ)の部下ハーディ(ルードルフ・シュンドラー)が暗殺する場面、交差点で車が渋滞してクラクションが鳴り響く、発砲、クラクションの音で発砲音はかき消される、信号が変わり車が一斉に走り出すが一台取り残される、警官が寄るとクラム教授が銃殺されている、珠玉の場面である。
ラングは「円」だ。本作も「円」が氾濫し、物語の要所も「円」が出現する。ドラム缶、メガネ、時計、帽子、半円形の大教室、金庫のダイヤル、電話、ドアの把手、車輪、地図の丸印,螺旋階段、蓄音機、レコード、水が逆流する渦巻き、バウム教授(オスカー・ベレギ)が追い詰められるサーチライト。
本作は「爆発」だ。冒頭のドラム缶爆発、ラストの化学工場の爆発。面白いのは「爆発」と「水」の競合だ。トム(グスタフ・ディーセル)とリリー(ヴェーラ ・リーセム)が地下室から危機一髪で脱出する場面、時限爆弾が爆発して洪水の地下室に穴が空き、水が渦巻きに逆流していく。「爆発」「水」「円」が見事に連携するのに唸る。2人が洪水から這い上がる肢体も艶かしい。
本作は「自動車」の素晴らしさも堪能できる。前述した信号のクラム教授暗殺場面もそうだが、「車」の走行場面がいい。運転する人物を正面から捉えるショットが強い。ラングはグリフィスもそうだがショットのサイズの強さ、密度が比類ない。特にスタンダード画面で人物をFFサイズでカチっと捉える手腕は惚れぼれする。ラストの車の追走劇は、疾走する路面と木々がスピーディーにモンタージュされる。キューブリックの「2001年宇宙の旅」のクライマックスの映像トリップに繋がっていると感じた。
本作を最後にラングはナチス政権下になるドイツから脱出する。
白黒スタンダード。

再見 2023.8.12 シネマヴェーラ渋谷
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