MasaichiYaguchi

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HOME 愛しの座敷わらし(2012年製作の映画)
3.4
この作品に登場する高橋家は決して特異ではなく、日本の何処にでもいそうな家族である。
父・晃一の転勤に伴い、東京から岩手県に引っ越して来た一家。
彼らは夫々東京で傷つき、恐らく「都落ち」の気分で、この地にやって来たと思う。
一家が引っ越して来た家は、周りに豊かな田園風景が広がる古い民家。
この民家の佇まい、特に家の中が、私が仕事で取引先をお連れすることがある、長野県の妻籠宿にある南木曽町博物館「脇本陣奥谷」にそっくりで、ここから一気に作品世界に入ってしまう。
囲炉裏のある板敷きの部屋、天井が無く、煙抜きのある屋根までの吹き抜け構造、囲炉裏の煤で黒くなっている柱や梁。
映画では描かれなかったが、これらの「黒光り」する柱や長押は、自然になるのではなく、家族を慈しむと同じように、家人が毎日磨くことによって、初めて艶が出て来る。
父を除き、高橋家の殆どが嫌っていた田舎生活。
そんな彼らにも夫々「転機」が訪れる。
「転機」の訪れは、夫々の努力や勇気にもよるが、大きな原動力は、座敷わらしが存在出来るような東北の「豊かさ」ではないだろうか。
この「豊かさ」は、自然の豊穣さだけでなく、そこに住む人々の「心の豊かさ」だ。
思えば岩手県は、童話作家であった宮澤賢治の故郷である。
映画のタイトルとなっている座敷わらしは随所に登場する。
初めはホラーチックだったが、映画が進むにつれ、その愛らしさに、思わず抱きしめたくなる。
ただ、この作品は、ホカホカするようなファンタジーだけではない、厳しい現実も描く。
一家のお父さん・晃一のサラリーマンとしての内心忸怩たるものや矜持は、私も同じ職業だから痛いほど分かる。
一家の大黒柱として家族を思い、守ろうという姿には胸が熱くなる。
特に夏祭りのエピソードは、観ていて胸に込み上げてしまう。
現実は、この映画のような幸福な結末を迎えることは稀だと思う。
それでも、本当の「豊かさ」や「幸せ」というものを、心優しく描く「現代のおとぎ話」として受け止めたい。