ただのすず

フリックのただのすずのレビュー・感想・評価

フリック(2004年製作の映画)
4.1
幻想にゆだね、普通になった人間には、もう聞こえない風鈴の音。

妻を殺されて酒浸りになった刑事が北海道苫小牧での連続猟奇殺人の捜査に駆り出される。

始まった瞬間からもう既に好き。
寂れた民宿、不気味な沼、幻みたいなバー、ラーメン屋の瓶ビール。とにかく人がいない、車も走っていない真っ暗な夜道を黒服の刑事が練り歩いて、聞き込みをはじめる。
宙吊り状態で常に精神的に不安定なものをサスペンス、首を傾げてたけど、ならこの映画は正にサスペンス。でも犯人を探し出すようなものじゃない。過去から逃げる為ではなく、権力に阿らず、疑う、正しいとされる感情を何とか手放す為に酒を浴びるように飲んでいた、でも手放せなかった。
映像が独特で、妄想と現実が何度も何度も間違い探しのように繰り返されるカット。警告音のように風鈴が鳴る。

酒が抜け、安眠し、目覚めた朝。霞みがかった頭がすっきり晴れ、深呼吸して清々しい空気を胸いっぱいに吸い込む、今日から新しい人生が始まるんだと希望に溢れ、ふと振り返ると、用意された温かな朝食も自分の為にコーヒーを淹れてくれていた気を許した女も誰もいない。
たった一人、がらんとした真っ白い部屋で佇んで笑っている。
真面になるということはこういこと。自分に都合の良い幻想だけを見ること。疑わず、それ以外には目を瞑るということ。

結末なんてどうだっていいと思っていた、既に好きだから、でもラストに近付くほど寒気立つ。
清々しく明るいバッドエンドの門出に思えた。最後の弾き語りは映画そのもの。癖になる。まだ観たい。