Fitzcarraldo

野良犬のFitzcarraldoのレビュー・感想・評価

野良犬(1949年製作の映画)
3.0
東宝争議の余波で東宝での映画製作を断念し、大映で撮った『静かなる決闘』に続いて、映画芸術協会と新東宝の提携により製作した他社での2本目となる黒澤明監督作。

探偵小説の愛読者であった黒澤が、ベルギーの小説家Georges Simenonのようなサスペンス映画を作ろうと、共同脚本に新人の菊島隆三を抜擢して警視庁に通わせて題材を集めさせたとか…なので刑事が拳銃を失くしたのは実際にあったことのようである。

警官がトイレに入って拳銃を置き忘れたとか…いまだによく耳にするので、体質はさほど変わってないのだろう。まぁ人間だもの失くすことはあるわな。

自分の不注意で失くした銃で人殺しなんかされたら堪らないだろう…。

コルトM1908ベスト・ポケットという名のポケットサイズの小さい銃を、まさにポケットに入れて満員のバスでスリに盗まれるクソ男前の痩せてる三船敏郎演じる村上。

いつになく痩せていてシュッと顔がコケていて精悍な顔つきが画になります。いつもカッコイイけど、この時が最強かも…今いないなぁこの手の顔の人。いまの時代には求められてないのか?

1949年と2021年。
もう殆どの人が戦後生まれとなってしまった現在には精悍な顔つきよりも、インパラみたいな草食系の星野源のような男がもてはやされるのね…

渋谷の再開発も物凄い勢いで進んでいるし、それだけ時間が経って色んなモノが変わっていくのは、必然なんだろうけど…

そんな中で本作は、終戦間もないリアルな東京の姿がたくさん収められているので、戦後風俗を知る上で大変貴重な資料映像でもある。

復員服姿の村上刑事が闇市を歩く場面は、助監督の本多猪四郎と撮影助手の山田一夫の2人で上野のホンモノの闇市で、隠し撮りをしたという。
足だけのショットは本多猪四郎の足だそうだ。



○タイトルバック
ハァハァハァハァ言ってる犬のドアップ。

夏の一番暑い時期を盛夏というが、英語で盛夏の時期のことをdog daysといって、このオープニングは野良犬の他にドッグデイズをも表現しているんだとか…

確かに本編の間ずぅっと暑そう。


○闇市のソト
這いずり回ったあと、横になる村上。
チンピラが声を掛けてくる。

チンピラ
「オケラのくせに無理するねぇ。米の通帳もってきな」

(オケラ→所持金のないこと。一文なし。螻蛄になる)

三船
「配給のか?」

金じゃなくて、米の通帳が取引のネタになってたのか…しかしオケラは完全に死語になってしまった。いま通じる人が何人いるのか…こうやって言葉がどんどん失われていくのか。

チンピラ
「すずらん通りのコンガって店に来な。白い花を挿したスケが待ってる」

スケ…これも死語だろう。


○射撃場
冒頭で撃ち損なった自分の弾丸を拾いにくる村上。

ここで完璧主義者の黒澤明の映画にしては、明らかな編集ミスが…

三船が走ってくるとパッと切れて、少し戻ってまた走ってる。ヘンテコな繋がりに…試写でも気づくだろうに…なんでやり直さなかったのだろう…。このままというのが不思議で仕方ない。


○取調室
村上が捕まえた千石規子演じるコルトのタタキをしている女を、志村喬演じる佐藤が尋問している。

女にタバコを与えて、ゆっくり思い出させるのだが…この女タバコ吸えてない。フカシ。吸えないなら、わざわざタバコを吸わせる必要ないだろうに…なんでいちいちそんな見え透いたウソをつくのか?黒澤明なら、あっタバコ吸えないならナシ!って言いそうなもんだけど…

喫煙者なら、何時間も吸えなかった状態で、久しぶりに一服できた時の至福の顔は理解できる。それをフカシで、さも美味そうだという芝居されても…いや、フカシだし…

高1の頃、バイト先で吸えねぇくせにフカシでいきがってくる歳上を見て散々いびったもんだ。別にそんなところで頑張らなくてもいいのに、なにを悪ぶってマウント取ろうとしてたのか…ハナから眼中にさえなかったのに。

フカシを見るとすぐにソイツを思い出してしまう。

先ず芝居自体が嘘くさいものに包まれているグレーなものなのに、そこにもろバレるような喫煙シーンをフカシで吸ってるテイにされても…

ウソの上塗りはキツイ…。


○後楽園球場
1987年(昭和62年)11月8日に閉場してしまった今はなき後楽園球場。

観客が気持ち悪いくらいにひしめいている。バッタの大量発生みたい…。今朝、閑散とした客席の大谷の試合を見た後だからか、マジで気持ち悪いほどいる。3階までびっしり入ってる。上からはみ出るくらいの人ヒト人…

【読売ジャイアンツ対南海ホークス】
セパ両リーグに別れる前の時代。実際の試合を撮影している。この溢れる人を見れば、いかに娯楽が少なかったのかが伺える。その熱狂ぶりも尋常じゃない。

オレは閉場前の後楽園球場に行ってるんだよなぁ…あれは何歳の頃なんだろう…1987年に閉場ってことは…少なくとも7歳より前か…うっすらと客席からの映像を覚えてるような…

いま考えると非常に貴重な経験だったなぁ…
あれは誰と行ったんだっけか?離婚前の親父とだったか?兄貴もいたか?

本作の後楽園球場を見ても何も思い出せないが、今はないものが現役バリバリで稼働している頃の映像を見ると、そしてそこに行ったことがあるということに何か嬉しさを感じる。

東京ドームもいいけど…やっぱり惜しいことしたなぁ。

「四番ファースト 川上 背番号16」

日本プロ野球史上初の2000本安打を達成し『打撃の神様』として戦時中から戦後におけるプロ野球界の大スターとなった川上哲治が実際に打つシーンも。





しかし、今とは最高気温が違うだろう。
いまは一家に一台、一部屋に一台だから、室外機の熱と、アスファルトで熱は吸収されずに…より酷な環境になってしまった。
クーラーという便利なものができたが、その代償が大きすぎる…


○踊り子たちの楽屋
舞台で踊ったあとに楽屋で横になる踊り子さんたち。みんな大粒の汗をかいてジメジメしたイヤな暑さがこちらにまで伝わる。

クーラーのない時代も考えられないが、いまや一家に一台、一部屋に一台だから、室外機の熱による気温上昇は計り知れない。クーラーという便利なものができたが、その代償が大きすぎる…

この劇場の支配人は伊藤雄之助。
やっぱりいいねー伊藤雄之助!声も顔も超個性的…それにしても嶋田久作はホントにそっくりだと思うけど…


○佐藤の家
田舎にあるのどかな家。
虫の音が涼しみを演出する。

窓もない開け放たれた軒先でビールとカボチャでひっかけるのもオツなもんですねぇ。

村上
「世の中には悪人はいない。悪い環境があるだけだ。そんな言葉がありますが…」

確かにそうかもしれない。環境さえよければ…


佐藤
「一匹の狼のために傷ついたたくさんの羊を忘れちゃいかんのさ。大勢の幸福を守ったという確信がなかったら、刑事なんて全く救われない。犯人の心理分析なんて小説家に任しとくんだな。オレは単純にアイツらを憎む。悪いやつは悪いんだ」

村上
「僕はまだ…どうもそういうふうに考えられないんですよ。長い間、戦争行ってる間に、人間ってやつがごく簡単な理由でケダモノになるのを何回も見てきたものですから」

佐藤
「ふむ…君と僕の年齢の差かな…それとも時代の差かな…ああ、なんとか言ったね。アプレ…」

村上
「アプレゲールですか」

佐藤
「うんそれそれ。その戦後派ってやつだよ君は」

アプレゲール…戦後派。
もう誰もが戦後派だからなぁ…
この差は埋めようがない溝があるだろうなぁ…
わかろうとしても、どう想像を膨らましても理解できようがない。


○劇場
ロン毛の千秋実…(笑)胡散臭い。若ぇ!
黒澤組に初登場。ここから常連へ‥


○ハルミのアパート
高堂国典(コウドウ クニノリ)演じるボケた管理人が最高!国典で、通り名はコクテン。この人も黒澤組の常連のひとり。
めちゃめちゃいい顔してるコクテンさん。大して台詞がなくても、いるだけで画面に説得力を足してくれる。いまこういう顔の役者さんがいない。みんな変に小綺麗で。
どこの駅も再開発して違いのない特徴のない似たような駅になるのと同じような感じで、みんなならされて均一化して、個性がなくてつまらない。
どこの駅を降りても、同じようなチェーン店ばかりじゃ面白くない。

コクテンさんみたいなお爺ちゃん今の業界にはいないよ。下町に行けばゴロゴロいるけどね。



○大原駅
6時に大原駅で待つ。とういうのをハルミがようやく教えてくれ急行する村上。

到着早々…しまった!どれが遊佐だ!?というモノローグが入る。へっ?!素人かよ?凡ミスというか…間抜けだろ?あまりにも、それじゃ。

朝6時に似たような服装と年齢の奴らばかりが集まってるというのも…それはやりすぎのような…

雨の日に飛び出したから、足元は泥だらけのはずだと、待合室にいる人らの足下をひとつずつ確認する村上。

すると、ひとり泥だらけの靴が…

カメラは、そのままチルトアップしていくと…
その男は立ち上がり背中を向けて窓の向こうを見つめている。

その男の背中の上まで泥だらけ。

おい!こんなやつ足下見るまでもないだろ!?
一発で分かるだろ(笑)

これぞ黒澤イズム!
量の人だから徹底的に汚す。

黒澤明は量の人。(町山談)
雨っていったらチョロチョロじゃなくてもう滝のように降らせる。黒澤映画お得意の土砂降り。


町山談
「日本は未だにやってるけど…悲しい時に悲しい音楽をつけて、はい泣いてくださぁーい!って…それは観客をバカにしてるし、演出としても酷い。それで黒澤明が、バカじゃねぇのか!ふざけんじゃねぇ!と、その逆をやる!と。それが対位法ですね。『酔いどれ天使』でやって本作でも。殺し合いをしてる最中に、ピアノ練習してる日常の平和な女性をぶつけて、お花畑になだれ込むとか…
さらに近所の園児たちが、『蝶々』を歌っているとか…とにかく対位法を徹底的に、クドイほどやる。黒澤明は演出のクドい人ですから!」
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