shxtpie

セロ彈きのゴーシュのshxtpieのレビュー・感想・評価

セロ彈きのゴーシュ(1982年製作の映画)
3.0
あたたかく優しい音楽漫画映画。

予想以上に音楽劇だった。ベートーヴェンの「田園」をふんだんに用いて、『太陽の王子 ホルスの大冒険』や『火垂るの墓』で高畑勲と仕事をしている間宮芳生が作曲。特に激しくミニマルな「印度の虎狩」は印象に残る。変わった曲だ。

5年もかけて制作されたという『セロ弾きのゴーシュ』は、アニメーター集団のオープロダクションが制作、オープロ代表の村田耕一がプロデューサー兼制作進行で、彼が中心になっていたようだ(企画は小松原一男になっているが、映像特典のスタッフへのインタビューでは言及されていない)。監督(演出)は高畑以外考えていなかった、と村田は語る。

ほとんど自主制作と言っていい映画で、『アルプスの少女ハイジ』で自身の技術に疑問を感じた才田俊次が美術学校に一年間通いたいと申し出たところ、村田が「一年間、学校に通うだけだなんてもったいない。何か作品を一緒につくろう」と持ちかけたことから始まったのだという。そんなわけで、作画やキャラクターデザインを才田がほとんど一人で担う、という異例の制作体制に、結果的になった。才田のインタビューによると、企画当初は宮崎駿も場面設定で参加する予定で、打ち合わせなどをしていたそうだ。才田のインタビューでは、「高畑は今『うるさい監督』の筆頭に挙げられるが、自分にとってはそんなことはなく、好きにやらせてもらえた」とも語られていたことが興味深い。

見事な背景美術も見ものなのだけれど、これは椋尾篁がほとんど一人で全シーンを担当している。DVDの制作時に椋尾が亡くなっていたため、特典では相棒だった窪田忠雄にインタビューしているが、窪田は『ゴーシュ』の背景について「水墨画調で……淡彩画のようだけれど、淡彩画とはちがいますよね」というような表現をしている。椋尾による『ゴーシュ』の背景は、一枚絵としての美しさと独自の言語や世界を持っていて、色合いを含めて独特だ。

制作に5年も時間がかかったのは、独特の編成のチームであること、そもそもオープロのスタッフたちは普段の作画の仕事があったことなどが理由のひとつであるようで、たびたび中断することもあったそうだ。「高畑のこだわりが強くて……」というような、いつもの事情ではない?

DVDの特典でいちばん尺が長いのは、高畑へのインタビュー。高畑はもともと宮沢賢治の作品が好きで、自分は海外のことを調べて作品をつくっているのに日本の作品をつくっていない、日本を舞台にするとファンタジーになりにくいから難しい、そもそも日本のことをちゃんと知らない、といったことなどから、日本を扱った作品に意識的に取り組んだという。原作の舞台が日本なのかどうかは不明だが、「日本以外にない」と確信したそうだ。

『貝の火』を挙げながら「宮沢の美しい想像力、豊かなイメージを映像にしたらおしまいだ」と高畑は言うが、『ゴーシュ』は「誠実につくっていけば、ある程度の作品になる」と感じたという。現代音楽的な「印度の虎狩」はコダーイの「無伴奏チェロ組曲」を想定していて、「現代音楽のおもしろい面に気づいてもらいたい」という珍しい発言があった。さらに、作品については「まだまだ底が浅いなあ」と感じているという。他に映像作品化したい宮沢作品は『鹿踊りのはじまり』だ、という回答もおもしろい。

と、背景の話しを延々としてしまったが、映画の感想を言うと、冒頭、「田園」の第4楽章の激しい演奏と、雷雨に襲われる日本の田舎町との描写が出会うところから圧倒される。なかなかすごい。『ゴーシュ』に問題点があるとしたら、オーケストラやチェロの演奏の録音が、日本の古い木造家屋の中で演奏されているようには聞こえないところだろうか。

まずは、短気でキレまくる横柄なゴーシュとずる賢い猫とのコミュニケーションに、動物虐待じゃん! と思ってしまった。ゴーシュ、かなりひどいやつである。ただ、ひとと動物との距離が今よりもずっと近かった頃の物語だ、とも感じた。『ゴーシュ』は宮沢の作品宇宙であるのと同時に、そこには完全に近代化されきってしまう前の人間の感覚があるというか……。今は、ひとと動物との距離が離れすぎてしまっている。

原作どおり、楽隊が映画館で劇伴をつける仕事をしているシーンはおもしろい(かかっている映画はあきらかにディズニー、ミッキーマウスのパロディ)。ゴーシュのオーケストラを農民楽団、農村楽団的なものに翻案した解釈がいいと思った。ゴーシュとカッコウとのやりとりでは、音楽(「おもちゃの交響曲」)がミニマルな反復なので、やけに前衛的に聞こえる。狸とねずみがすごくかわいいのは救いだった。

宮沢作品の忠実なアニメーション化であり、宮沢的であるのと同時に、宮沢的でないところもおおいにある。そのあたりの塩梅がおもしろくて、その秘密がどこにあるのかというと、「日本を舞台にしてやる」という高畑の選択と演出、椋尾の美術、間宮の音楽にやはりあるのではないかと思う。
shxtpie

shxtpie