針

都会のアリスの針のレビュー・感想・評価

都会のアリス(1973年製作の映画)
4.1
アメリカに取材旅行に来ていた三十男が、ふとしたきっかけでアリスという幼い少女の世話を押しつけられ、ふたりであちこち旅をするというロードムービー。
ヴェンダースの出世作になるのかな。かなりよかったです。今まで観た彼の監督作の中で一番好き。「この映画いつまでも終わってほしくないなー」という気持ちにさせられたのはいつぶりかなぁ。

個人的には「どういう展開で進むんだろう」というこちらの予測を完全に溶かしてしまうような天衣無縫な道行きにちょっとやられました。この映画にとっては物語とか構成とかテーマよりも先に、移動があり映像がありその場その場のテンションがあるようで、最初はジリジリしなくもなかったけど最後の3分の1は完全に流れに身をまかせて何も考えずに観てしまいました。いい意味での無手勝流というか、自由奔放(に見える)な展開がすごくいい方向に作用してるのかなーと。

あとは先に観ていた『まわり道』と比べてずっと楽しかったというのもある。中年にさしかかりつつある男が自分探しの旅をしながらちょっと抽象的な言葉を吐くような感じはすごく似てる。あちらは自分の人生に疑問を持つ大人たちが集まってきてあーでもないこーでもないと言いながらみんなで旅をするんだけど、彼らは結局大人なので互いの殻を出て自由に交流する感じにはならず、その雰囲気が正直けっこう苦しくはありました。
それと比べるとこちらは相手が子供なのがやっぱり大きい。ほぼ同じ主人公でも相手がこんなに幼くては自分の実存の問題に引きこもっているわけにはいかず、結果的に内省や議論ではなく移動&行動だらけの映画になり、楽しくなってるのかなーと。トイレの「ノイン、ノイン、ノイン」のシーンとか超いい。特にアリスとのふたり旅が深まってからの後半の微笑ましさがよかった。(写真を撮らなくなるというのもまぁそういうことなのかなと)
何より主人公にとってもアリスにとっても、求めて行ったのとは別の形の旅によって、思わぬ人生の発見ができたのではないかというこの肯定的なやさしい雰囲気が最高だなーと。

主人公役のリュティガー・フォーグラーもいいけど、アリス役の子がとてもよくて、嫌味にならない生意気さがかわいらしい。表情作りもうまいんじゃないかと。
あと音響的には環境音が大きく入ってるところが多い印象。冒頭の波とか、夜のホテルの窓から聞こえる車の走行音とか。BGMと同じ音量で平行して鳴ってるシーンもあったような。

その他。
・強いていうと前半は暗転による場面転換が多めで、雰囲気がぶつぶつ切れる感じがしてちょっともったいない気はしました。
・唐突に出てくるジョン・フォードへの言及は作り手の決意表明なのかな。
・『パーフェクト・デイズ』では東京スカイツリーを執拗に映していてちょっと強調しすぎじゃない? と思ったのですが、この初期作でもエンパイアステートビルをけっこうシツコく映していて、このへん一貫した姿勢なんだなーと思いました。
・あとこの監督、自分的にはシーンやショットの美しさよりも、連綿と流れていく音と映像全体の感触みたいなものが一番の良さなのかなーと思ったりしています。瞬間とか部分ではなく一連の流れそのものの心地よさみたいなもの? それこそ映画という媒体でしか表現できないものな気がする。
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