せいか

ニュー・シネマ・パラダイスのせいかのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

(自分用メモ感想記録)
「あなたの町はローマよ ここにあるのは″幻影″なの」

NHKで放送されていたのを観る。短いバージョン。

名作として名高いので気になってはいたが、観ていてある意味疲れそうな感じは予感していたので避けていた。

事前情報もろくに入れていなかったため、昔の時代を映画館を通して懐古するような心ぽかぽか特化型映画かと思っていたが、全然そんなことはなかったぜ。
主人公も少年のままで、おじさんとずっと交流するのかとも思ってたけど、これもそんなことなかったぜ!
実際は、1950年を過ぎたシチリア島の僻村に生まれた一人の男の人生の物語でした。
ちなみに、冒頭の貧困の関する要素をひたすら出してくるあたりから、ただほっこりする作品ではないぞということは明示されている。

1950年代のシチリア島は移民として人口が流出したり、社会から取り残されたようなところがあり、島内の貧しさが激しかった頃で、こうしたことが(作中では説明されないが)作品の背景としてあり、村の唯一の娯楽とする映画館に群がり作品をじっくりと観る人々の生き生きとした人間らしさの中にすらそうした貧困の影は落ちている。
主人公は半母子家庭で育つ子供で、ある日からアルフレードと親しくなって映画にも親しむようになっていく……という話だが、そのまま主人公の頭が白くなるまでの長い期間を描いている。

アルフレードは学がないがゆえに映画館でフィルムを流す職に就くしかなかった身で、その人生が(自分とは違って)良いものになるようにと折に触れてきちんと主人公の進路に対して真摯に考えて発言していたのがいちいち心に刺さる。フィルムを流す仕事を楽しんでいる主人公に対して学校へは通い続けることを語るシーンなんかもよい。映画とお前の相思相愛はそう長くは続かないだろう、だから学んでおきなさいと諭したり。

青年になった主人公が兵役をへて村に戻ってくると、恋人も仕事ももはや村には残っていなかった。そこでまたアルフレードが楽しく彼とおしゃべりをするのだけれど、人生は映画のようにはいかないんだと言って、彼がこの閉じた貧しい島から出て行くように告げるシーンもかなりいい。島のこと、私たちのことは忘れて、手紙も書くな。思い出に浸るんじゃない、ここから出ていけ!ーーみたいなことを言って獅子が子を谷底へ落とすように背中を押すのだけれど、主人公にとってアルフレードは無二の友人であり、親しいおじさんであり、父親のようなものなのだなあと思った。

そしてローマへと発った主人公はかの地で映画監督として成功し、アルフレードの葬式の時にやっと島に帰ってこれるのである。廃れた村はほとんど変わらないまま、見知った人々は誰も彼も老いさらばえ(認識はしているが、彼ははっきりと「見知らぬ人々」と形容する)、映画館もテレビなどの新たな娯楽のあおりをうけて六年前に閉館して廃墟と化しているし、彼の滞在中に爆破によって解体もされる。そして母も、ここはあなたにとって幻影でしかない土地なのだと告げる。

作品冒頭でゴーリキーが原作となるもの(のはずの)『どん底』も流されていたように、本作を貫いているのは出口のない貧しさであり、そうした島の小さな村の物語なのである。文字を読めない人もいる中で人々は映画の描写にいちいち熱狂して口々に叫び、なんとなく感化される。感化することができる。小学校も卒業できていない大人たちもいるし、子供たちはそれを残酷に嗤いもする。
最初から最後までずっとそういう重たさがのし掛かってくる中で、主人公はアルフレードを通して、そのしがらみを解いてもらえていたような気がする。そして彼はついに外へと飛び出せもしたし、この古びた村の何もかもは自分にとって故郷というには複雑な、ひとつの幻になろうとしている。それがまたなんとも言えず、一視聴者の胸を引っ掻くところがある。まるで主人公に乗り移ったように、ものすごい寂しさと一種の開放感と、思い出せば美しく愉快で汚くもある記憶が過るというか。本作におけるこのシチリア島のどこかは、『死都ブリージュ』みたいな立ち位置にあるようにも思うというか。「幻影」と例えるのが本当に巧みだなあとも思う。そうして取り残していくこともすごく残酷でもあるけれど、人生は映画のようにはいかないからなあ。きつい作品である。

物語終盤、エンディング直前、主人公はローマに戻った後、アルフレードの遺品として譲られたフィルムを再生する。それは、カットされてきたキスなどの男女の睦言のシーンをひたすらつなぎ合わせたある種のコラージュ作品だった(※かつて村の映画館で映画のチェックをしていた司祭がカットするように指示していた)。映画の、夢のような、幻の美しさを詰め合わせたフィルムだとも言える一本であり、現実を生きてきた二人だけれど、優しい愛のあったアルフレードと主人公の関係を繋ぐものとしてこれ以上のものもなく、最後の最後にもこんなの見せてくるのかよと、画面の向こうでこちらは目の奥が痛くなってきもする。

本作は全体として重低音的なヘビーさも持っている作品だが、それと同時に観ているこちらにも深い寂寥感とささやかな幸福を感じさせもする素敵な作品だった。
ペシミストの気が強い私でも、ちょーっとだけそういう気分がうっかり吹っ飛んでしまうところもある、郷愁というより、やはり何か心の片隅の影を味わえるような、そういう作品だった。
せいか

せいか