ボブおじさん

レベッカのボブおじさんのレビュー・感想・評価

レベッカ(1940年製作の映画)
4.0
「レベッカ」美しく・賢く・魅力的。
育ちと知性と美貌という良妻の条件を全て兼ね備える一方、愛も優しさもないミステリアスな女。だが、その姿を我々は最後まで見ることが出来ない。

姿なき亡霊に怯えるヒロインの〝わたし〟と翻弄される周囲の人々の物語。

〝昨日の夜もまた、マンダレイへ行った夢を見た〟映画でも使われた有名な一節で始まるロマンチックミステリーの古典をヒッチコックが流麗なタッチで映像化した。

大物プロデューサーのデヴィッド・セルゼニックがヒッチコックをアメリカに招聘して作らせた渡米第1作で、第13回アカデミー賞で見事に作品賞を受賞。

本命と言われたチャップリンの「独裁者」を抑え受賞出来たのは敏腕プロデューサー、セルゼニックの力も大きかったと思う。

残念ながら監督賞は、巨匠ジョン・フォードが「怒りの葡萄」で受賞した。ちなみにヒッチコックは、アカデミー賞監督賞に5度ノミネートされたが、1度も受賞はしていない😢

ヘイズ・コードの規制により、ある重要な部分の変更はあるものの、ヒッチコック映画としては、珍しく原作に忠実に作られている。その為、ファンが喜ぶヒッチコック的なブラックユーモアや映像的なマジックの少ない本格ミステリーとして仕上がっている。

ヒロインが、リビエラ旅行中に英国紳士マキシムと出会い、彼の後妻としてイギリスの屋敷にやってくるまでの描写は完全に恋愛映画だ。

だが屋敷に到着して、亡くなった前妻が連れてきた家政婦が登場してから、映像や音楽も一変する。恋愛映画の雰囲気は消え、サスペンスフルな不穏な空気に包まれる。

家政婦は、レベッカへの熱愛から、〝わたし〟を成上りの厄介者扱いにし、レベッカの居間は生前のままに保存していた。この屋敷では、死んだ前妻レベッカの、見えない影が全てを支配していたのだ。

この映画のヒロインは、J・フォンテイン演じる〝わたし〟であるが、影の主役は、間違いなく「レベッカ」である。彼女は、姿も見せないし、回想シーンや写真ですら登場しない。従って彼女を演じる女優もいない。それでもマキシムの心から離れず、彼は未だにレベッカの影に取り憑かれているし、家政婦はレベッカを崇拝している。〝わたし〟が動くとついてくる影は、まるでレベッカの亡霊のようだ。

〝わたし〟は、やがてマキシムが今でもレベッカを愛しているのでは?夫は自分を愛していないではないか?という妄想に苦しみ出す。この辺りの心理描写も実に巧みだ。

物語が進むうちにレベッカの裏の顔が明かされていく、男も女も魔性の女レベッカの魅力に翻弄されていたのだ。特に家政婦がレベッカに抱く感情は、単なる忠誠や憧憬を超えた、ある種の恋愛感情を想起させる。

原作でも映画でも直接的な描写は無いので確信はない。だが、彼女はレベッカの身の回りの世話をし、彼女のドレスに頬ずりをし、髪を丁寧にとかし、下着のデザインにまで執着する。おそらくこの疑似恋愛感情は、家政婦からの一方的なものだろうが、恐ろしいのは、本人が死んだ後も彼女は、レベッカに支配されていることだ。

レベッカは、彼女の心を洗脳し完全に支配した。そして自分が死んだ後も彼女を使ってこのマンダレイの屋敷の主人となったのだ。




〈余談ですが〉
ちなみにこの年は、アメリカ映画の当たり年で他のアカデミー作品賞ノミネート作は、以下の通り。映画ファンなら知っている名作がズラリと並ぶ😊

「凡てこの世も天国も」
監督:アナトール・リトヴァク
「海外特派員」
監督:アルフレッド・ヒッチコック
「怒りの葡萄」
監督:ジョン・フォード
「独裁者」
監督:チャールズ・チャップリン
「恋愛手帖」
監督:サム・ウッド
「月光の女」
監督:ウィリアム・ワイラー
「果てなき航路」
監督:ジョン・フォード
「我等の町」
監督:サム・ウッド
「フィラデルフィア物語」
監督:ジョージ・キューカー

ヒッチコック、ジョン・フォード、サム・ウッドの3名は2作品がノミネートされているのも凄い。

ヒッチコックのアカデミー賞監督賞ノミネートは、通算5回で作品は以下の通り。
「レベッカ」「救命艇」」「白い恐怖」「裏窓」「サイコ」。

受賞がないのも残念だが、「めまい」や「北北西に進路を取れ」「鳥」などがエントリーもされていないのは意外である。

「レベッカ」は作品賞を受賞したが、ヒッチコックは、製作に名を連ねていなかった為、オスカーはセルぜニックに与えられた。

ヒッチコックがオスカーを手にするのは1968年に特別賞のアービング・G・タルバーグ賞を授与されるまで待たなければならなかった。


〈更にネタバレ有りの余談ですが〉



当初ヒッチコック監督は、原作どおりマキシムがレベッカを殺したことにするつもりだった。しかし、殺人を犯したマキシムが罪に問われないのは不道徳であり、ヘイズ・コードに反すると指摘され、泣く泣くレベッカが自殺したという設定となってしまった。

原作通りなら殺されたレベッカの影に取り憑かれ、彼女の記憶に怯え、突如怒りを露わにするマキシムの性格描写に、より説得力が出たと思うのだが😢