タイレンジャー

去年マリエンバートでのタイレンジャーのレビュー・感想・評価

去年マリエンバートで(1961年製作の映画)
4.5
このホテルで社交を繰り広げる紳士淑女たちが「血の通った人間」であるとはどうしても思えませんでした。整然と完璧に統制された映像と同様に、本作に登場する人物は皆、整いすぎているのです。

僕が本作を観て連想したのはスタンリー・キューブリックの『シャイニング』でした。雪山の閉ざされたホテルの宴会場にてパーティーに暮れる「身なりの整った」亡霊たちの存在が、本作の紳士淑女たちと重なって見えた、というわけです。

本作を『シャイニング』的なフィルターを通して考えると、納得のいく部分もあります。この豪奢なホテルに集う無機質な人々はホテルに住み着いた亡霊たちで、自身の死を知ってか知らずか、止まった時間の中で社交に明け暮れている、という解釈ができるのではないでしょうか。

彼らは決してホテルの外に出ることはなく、無感情に、死後をまるで余生のように悠々自適と生きています。そんな幽霊屋敷にて大きく感情が揺れ動く男女がいた、というのがこの映画の本筋です。

男Xは女Aに熱く語りかけます。「私たちは1年前に愛し合った。駆け落ちの約束を守るため、迎えにやって来た」と。しかし女Aにはその記憶が無いどころか、男Xの存在も知りません。食い違う両者の認識はやがて記憶の迷宮へと突入していきます。

男Xは女Aに対して(記憶を取り戻してもらおうと)延々と「ふたりの過去」を説き伏せるのですが、段々と【暗示型という新手のナンパ法】に見えてきてしまいます。つまりは、口説くために「ふたりの過去」をでっち上げたのでは、と。

女Aには死神のような風貌の旦那がいるのですが、男Xがなかなかの二枚目であったせいか、まんざらでもなく遂には男Xと駆け落ちを決意します。これは情熱に燃えたふたりの幽霊が無機質な幽霊屋敷から脱出を図る、ということになります。