うえびん

バグダッド・カフェ<ニュー・ディレクターズ・カット版>のうえびんのレビュー・感想・評価

4.3
愁いを奏でる

1987年 西ドイツ作品

前に観たのは学生時代だっただろうか。テーマ曲の「コーリング・ユー」だけは鮮明に覚えていた。物語は全く覚えていなかった。今回は物語も心に響いた。

異国の僻地で夫とケンカ別れしたドイツ人のジャスミン。コーヒーマシンをめぐる夫婦喧嘩で夫を追い払ってしまったアメリカ人のブレンダ。傷心の二人が出会うタイミングと場所によって、一気に作品の世界に引き込まれる。

アメリカの場末といった雰囲気、砂漠の中に建つ「バグダッド・カフェ」。店の名前(作品の題名)もあれこれ想像を掻き立てられていい。モーテルとガソリンスタンドとカフェを併設するシチュエーションもいい。荒涼とした大地と乾いた砂、給水塔、オンボロのピックアップトラック、黄色い魔法瓶、青い空と茜色の空…、どれもこれもが画になるのは舞台設定の勝利だ。

この場で展開する物語には、旅愁や哀愁や郷愁といった“愁い”がセットアップされている。さらにテーマ曲の「コーリング・ユー」が後押しするのだから半端ない。愁いの対極に、程よくコメディタッチな描写があるのもよくて、浮遊感のような何とも言えない独特な感覚に包まれる。とにかく、ブレンダやジャスミン、「バグダッド・カフェ」の住民たちと一緒に暮らしているような感覚に包まれるのだ。

徐々に心の距離を縮めていくブレンダとジャスミン。それと共に、客が増え賑わってゆく「バグダッド・カフェ」。そのプロセスもちょっとずつ自然に描かれているのがいい。学生時代の僕には退屈だっただろうけれど、年を重ねた今だから、人間関係の築き方、時間のかけ方も難しさもよく分かる。仲が良すぎることが嫌な人がいることも然り。

派手な演出も無く、劇的なドラマ展開も無く、美男美女も登場せず、ある一つの場所に集った人たちの人間模様だけでも心に響くものがある。公開から30年以上経っても色褪せない”何か”がある。だから映画は面白い。
うえびん

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