なべ

サタデー・ナイト・フィーバーのなべのレビュー・感想・評価

4.0
 あのサタデー・ナイト・フィーバーが4Kリマスターされ、ディレクターズカット版として蘇る。というわけで数十年ぶりにジョン・トラボルタを拝んできた。有名な映画だけど、観たことないって人は案外多いんじゃないかな。若い世代に至っては“名前は知ってるけど見る気のしない昔の映画”でしょ?
 女子トイレでは若い女の子たちが「思ってたのと違った」って言い合ってたらしいが、さもありなん。パリピが土曜の夜ごとにディスコで踊り狂うダンスムービーを期待してると肩すかしを食う。もっとほろ苦い青春映画なのだ。
 電飾がカラフルに点滅するダンスフロアが有名だけど(gleeでも再現されてた)、そんなものより大事なテーマがちゃんとあって、人物設定なんかかなり文芸寄り。夜のブルックリンの猥雑さと移民たちの貧困を背景に、トニーに起こる意識の変化を味わって!

 トニーはペンキ屋で働く19歳。仕事中にナンパするようなチャラい奴だが、仕事っぷりは悪くない。出来のよい兄(神父)と比べられては、一家の恥晒し的なポジションに甘んじてるが、失業中の父に代わって家にお金を入れてるしっかり者。妹に絵を貰えばすぐに部屋に飾る心優しい兄貴だし、食卓でカッとなってママに暴言を吐いたらすぐさま謝る思いやりのある子。顔の下半身がゆるんでてだらしなくみえるけどなかなかいい子なのよ。そんな彼の生き甲斐は週末にディスコで朝まで踊り明かすこと。トニーは地元ではダンスキングなのだ(モテモテなのに童貞!)。
 ね、悪くないでしょ、この設定。なかなか細かい。こういう一筋縄ではいかない人物造形が、トニーの人と成りを立体的に見せてるんだよね。ただの能天気なダンス映画ならここまで凝ったディテールは必要ないでしょ。つまりきらびやかなディスコナイトと現実的なシリアスライフをうまいこと馴染ませてる玄人っぽい映画ってわけ。チャラついた奴はディスコシーンを楽しめばいいし、そうじゃない映画ファンは貧困層の若者の喘ぎをじっくり味わえる。ね、悪くないでしょ?

 そんなトニーがディスコで出会ったのがステファニー。彼女はダンスが上手いだけでなく、マンハッタンの芸能事務所で働くインテリ(本人曰く)。観客には虚言癖のあるビッチにしか見えないが、トニーの目にはインテリに映ってるんだな。まあ少なくとも、トニーやその周辺の連中よりは、将来のビジョンを持ってて、クソなブルックリンから抜け出そうって気概は持ちあわせてる。コンテストに向けたダンストレーニングを通じてトニーは次第に彼女に感化されていくのね。
 このステファニーと対を成すのがアネット。刹那的で、トニーに抱かれようと必死な女。コンドームを握りしめてやってくるところなんてめっちゃコワイから。彼女には上昇志向も向上心もなく、人生の目標はトニーの恋人になることってのがイタイ。トニーといざ事に及ぼうとするも、避妊してないことで、逆にトニーから拒絶されてしまうというね。普通逆だろ、トニー!さすが童貞キングだ!
 そうかと思えば、ガールフレンドが妊娠してしまい、人生がテンパってるボビーがいる。ボビーはトニーと対なのかな。
 子供から大人に至る道のりで、マンハッタンへの脱出を決意するトニーに対し、大人になる覚悟と責任が持てず、ブルックリン橋から落ちたかわいそうなボビー。
 橋を子供と大人をつなぐ通過点に見立てた比喩が、当時中学生だったぼくにはとてもわかりやすく、どんな説教よりガツンと来たんだよね。

 それにしてもトラボルタの踊りのセクシーなこと。あの腰つきとしなやかな動きは今見てもめっちゃエロカッコいい! 昭和から時代をふたつ跨いだ令和でも、ありがた味は変わらない。いやあニヤニヤが止まらなかったから。
 当時のディスコ事情を知ってる人なら、今どきのクラブとは違う人口密度や、同じステップ・同じフリで踊るグルーヴ感を覚えてるでしょ。ぼくなんてチャチャかハッスルくらいしか踏めなかったけど、あの気分は今なお強烈に覚えている。何せその一体感と高揚感はセックスに連なってるんだから。だからディスコキングで童貞ってトニーは、一体どんな境地で踊ってるんだよ!ってなる。
 ディスコキングになるって大変なのよ。甘いマスクとセンス以外に、リズム感、テクニック、よくしなる手足が必須。新しい曲が入れば誰よりも先にフリを覚え、難しいステップも鮮やかにキメて見せなきゃいけない。だから練習は欠かせないんだよね。きっとトニーもコンクールがなくても練習に勤しんでたはずだ。
 ぼくがディスコに通ってたのは76年。第一次ディスコブームの後半ね。グレーのバギースーツにエナメルの靴を合わせて、大人びた髪型とメイクでキメてたから、誰も中学生とは思ってなかったはず。ミナミのPは高校生が多い店だったから補導員の巡回もしょっちゅうだったけど、一度も捕まったことはない。
 ディスコではそれなりにモテてるつもりだったけど、あるときそのモテは自分のダチ(キングに近い存在)に近づくためのきっかけだったとわかり、一気に萎えてしまった。マジで惚れかけてた彼女にダチを紹介してくれたらやらせてあげると言われた時の衝撃を思い浮かべてくれ。そうなの、ぼくもディスコでほろ苦い経験をして大人になったクチ。

 閑話休題。
 グズるステファニーを宥めようと、ベンチに座って橋を眺めるシーンがある。ここでトニーがヴェラザノ・ナローズ・ブリッジの話をするんだけど、それまでインテリジェンスに欠けると思ってたトニーが、雄弁に(でも知識をひけらかす感じじゃなく)好きって気持ちを炸裂させてて、ああ、トニーはいつでも賢くなれる子なんじゃん!ってわかるのね。好きなことを大事にでき、思いを育てられる子なんだって。
 このシーンがあったから、ラストのトニー決意が唐突なものでなく、ボビーの死から導き出された結論なのだと納得できるのだ。
 クズな奴らと縁を切り、ここ(子供)からあちら(大人)に行こうとぼくもディスコからの帰りに思ったのだ。

 あ、Bee Geesについてふれるの忘れた。でも思いのほか長くなったから割愛でいいや。名曲だから各自聴いて!

 続編についてはコメ欄で。
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