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アリスの恋のnetfilmsのレビュー・感想・評価

アリスの恋(1974年製作の映画)
3.9
 アメリカ・カリフォルニア州、友達のいない夕焼け時、アリス(ミア・ベディクセン)は1人とぼとぼと家路へ着く。H・ブルース・ハンバーストーンの43年のミュージカル映画『Hello, Frisco, Hello』のテーマ曲を口ずさみながら、ヒロインのアリス・フェイより上手く歌えたことに得意げになる。「私は将来、絶対に歌手になってみせる」幼い頃のアリスはキラキラと目を輝かせながら、夕陽に向かい宣言する。それから27年後の現在、ニューメキシコ州ソユーロにアリス・ハイアット(エレン・バースティン)の姿はあった。これから夕食時だというのに、ミシンに向かう彼女には夫のドン・ハイヤット(ビリー・グリーン・ブッシュ)と12歳になる一人息子のトム(アルフレッド・ルッター)がいた。息子は床にスピーカーを2つ並べ、寝そべりながらMott the Hoopleの『All the Way From Memphis』を爆音で浴びるように聴いていた。隣の部屋でベッドに寝そべりながらニュースペーパーを読んでいたドンはアリスに息子を叱るよう命令する。12歳になる息子はROCKの洗礼を浴び、何事にも反逆したい年頃だった。アリスはそんな夫と息子との不和を嫌がる。口数の多くない3人の食卓。夜になり、ダブルベッドで眠る夫婦の描写はどこかぎこちなく、寒々としている。そんな平凡な日常を過ごしていたアリスに突然、まさかの報せが入る。夫のドン・ハイヤットはトラックの運転中に事故死してしまう。

 その瞬間、平凡な毎日を送っていたはずのアリスと一人息子のトムは路頭に迷う。夫の生命保険で下りたのはごく僅かな金額であり、葬儀の足しにはなっても、親子が生きていくには十分ではない。服や家財道具を一通り売り払い、アリスが決断したのは幼い頃に夢見た「歌手」としての再起だった。彼女は故郷のカリフォルニア州モントレーへ帰ることを親子の最終目標とし、旅費は途中のバーなどで歌いながら、稼ぐ計画を立てる。思春期の息子はそんな母親に不満を抱きながらも、新天地へ渋々着いて行く。生活の全てを売り払い、一台の車で西へ向かって走り出したアリスは口達者なトムに悩まされながらも、親子2人のロード・ムーヴィーが始まる。この気丈な母親アリスと息子トムとの丁々発止のやり取りが堪らなく愛しい。アリスは息子の口は達者だがオチのない話に延々付き合わされるのだ。長距離移動でたちまち金が底をつき、途中アルバカーキに根を下ろし、アリスは息子をモーテルにおいて、バーの歌い手の面接を受ける。スコシージは2つの店に門前払いをくらうこの何気ないセールス・シーンをしっかりと描く。3つ目の店でようやく話を聞いてもらえることになったことにアリスは安堵し、経営者ジェーコブスの胸に泣きつく。シングル・マザーの就職活動が70年代のアメリカにおいてどれだけ困難だったかは容易に想像が付く。彼女の勝ち取った場末のBARでの歌い手人生。ほどなくしてそこに薬莢の火薬詰めを生業とする年下の男ベン(ハーヴェイ・カイテル)が近寄って来る。

 1970年代初頭のアメリカでは「ウーマン・リブ」という女性解放運動が起こり、「女性の自立」が社会の大きな論点となった。トッド・ヘインズの『CAROL』の50年代のニューヨークで暮らすご婦人たちの物語を例に出せば、彼女たちはアメリカ社会の「差別の目」と闘っていた。それから20年後の世界では少しずつ女性の社会的地位は向上したものの、ニューヨークのような大都会に比べ、彼女がモントレーへの道中で根を張ったソユーロやアルバカーキなどの田舎では当然、旧態依然とした男性上位社会が根強く残った。今作で中盤から出て来る人生の終着地点のようなうらぶれたダイナーはまさに当時のアメリカ社会の状況の縮図のような環境である。店に食べに来るのはいわゆるホワイトカラーの人間ではなく、労働者階級(ブルーカラー)ばかりであり、男たちはメニューを品定めするのと同様に、ウェイトレスたちも品定めする。このダイナーで当初、アリスと反目しあう同僚として登場したのがフロ(ダイアン・ラッド)である。ブロンドの髪、しわがれた顔、酒焼けした声を持ったダイアン・ラッドの起用は女性の自立に向けて懸命に頑張るアリスとは対照的な旧態依然とした女性像である。それと共に印象深いのは、一貫して母親アリスの愛情が不足している一人息子トムの前に現れた大人じみた子供オードリー(ジョディ・フォスター)の人物造形である。新しい父親であるデイヴィッド(クリス・クリストファーソン)と音楽の趣味で馬の合わないトムはこの冴えない田舎町でオードリーに出会うことで自我が目覚める。ローラ・ダーンの母親であるダイアン・ラッドの名演もそうだが(ローラもクライマックスのダイナーでアイスクリームを食べてる!!)、スコシージの頭の中に焼きついた孤独なオードリーのイメージは、続く『タクシードライバー』で結実することとなる。
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