Ricola

愛怨峡のRicolaのネタバレレビュー・内容・結末

愛怨峡(1937年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

トルストイの『復活』を下敷きに描かれた作品。
主人公のふみが、一人の男に翻弄されながらも逞しく生きていく姿が描かれた物語。
溝口といえばの長回しのショットで捉えられた人物と視線の動き、人間関係の描写がよくなされていた。


視線のすれ違いや交差に特に注目した。
ほとんど目を合わせずに話す謙吉に対して、謙吉を追いかけて見つめながら必死に自分の思いを伝えるふみ。
ただ、その立場が後に逆転する。懇願する謙吉に対して、ふみは作業をしながら動き回り、彼に目を向けなくなるのだ。
二人の関係性が変化したことが、この視線の方向の変化からよくわかるだろう。

向かい合わせのベンチにそれぞれ座り、視線が合うことないまま話しているシーンも印象深い。
ある男はふみを想って労うような言葉をかけたりするが、彼女のほうをあまり見ることはない。一方でふみは彼に惹かれまいと思いながら彼のほうを見ずに話を聞くが、彼からの投げかけにこたえる際には彼を見つめる。
どちらかが見ていると相手はそっぽを向いている。また、どちらもほかを見て話している。二人の恋路そのものを表すような視線の動きなのである。

ふみは川にかかった橋を渡って、赤ん坊の息子を育ての親へ渡す。
ふみはこれを機に、違う世界に踏み出すこととなるのだ。お腹を痛めて産んだ自分の子供なのに、生後間もなくして他人に預けなければならないふみの切ない心の内がうかがえる。
川沿いを歩いて離れゆく親子の後ろ姿が、橋の奥へと去っていく。
ここにも川と橋という線があり、母と子の別れが視覚的にはっきりわかる形で示されているのだ。

作品内におけるさまざまな「線」が、人物の言葉や表情以上に雄弁に語っており、主人公ふみの心情や彼女を取り巻く人たちの思いが情緒豊かに描かれていた。
Ricola

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