CANACO

パリ、テキサスのCANACOのネタバレレビュー・内容・結末

パリ、テキサス(1984年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

1985年公開のヴィム・ヴェンダース監督作品。原作は、2017年にALSにより他界した劇作家・俳優のサム・シェパードのエッセイ『モーテル・クロニクルズ』。カンヌ国際映画祭でパルム・ドール受賞。
ナスターシャ・キンスキーの綺麗さは伝説レベルだが、利発で繊細な息子を演じたハンター・カーソンの可愛いさ、演技も神がかっている。

妻子を置いて、4年間テキサスを放浪していた男・トラヴィス。砂漠で行き倒れたトラヴィスを弟が迎えに来る。それをきっかけに、トラヴィスは息子と再会。失った4年間を取り戻すかのように、2人で息子を置いて消えた母親を探す旅に出る物語。

とてもカンヌらしい、愛を描いた作品で、一つひとつのシーンが詩を添えた絵画のように美しい。本当に詩なんだと思う。
今は告白も日々のやりとりもテキストメインになっているかもしれないが、好きな人から突然かかってくる電話は、とてもうれしく切ないものだった。「何してるの?」と聞かれた瞬間に流れ込む“つながっている”感じ。遠いのに近い感じ。あの感じが、本作には至るところにある。

ラストに関しては、「どうして」と思う人が多いと思う。本作に出てくる弟夫婦も「どうして」と思っただろう。主役を演じたハリー・ディーン・スタントンですらそうだったらしい。
ものすごく愛して、闘ったあとの燃え尽きた感。愛をコントロールできないジレンマ、独占し独占されたい欲望、壊してしまうくらいなら傍にいないほうがいいと思う気持ち。深く愛するゆえに生まれる奇異な感情は、本人ですら説明ができない。トラヴィスの放浪は彼の心そのもの。

恋愛に関して、割れた器は直らないと言った友人が昔いたが、たしかにそんなに簡単じゃない。少なくともかつてと全く同じ、続きにはならない。だけど新章に入ることはできる。
トラヴィスは『ベティ・ブルー』のベティのように燃え尽きたように見えて、愛の火は消えていない。新章に向かうための準備として、また旅に出たのだと思う。この家族はこれまでもつながっていたし、この先もつながっていくと確信する。

□メモ
原作を読んだヴェンダース監督が原案を考え、サム・シェパード本人、および本作の子役を演じたハンター・カーソンの父親L・M・キット・カーソンが脚本を担当。

□参考
ザ・シネマ「ヴェンダース×サム・シェパードのコラボが生んだ、深すぎる愛の物語『パリ、テキサス』」
THE NEW YORKER「My Buddy」
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