紫のみなと

愛と哀しみの果ての紫のみなとのレビュー・感想・評価

愛と哀しみの果て(1985年製作の映画)
4.6
ロバート・レッドフォード出演作を青年期、中年期、老年期と分けた時、中年期の映画として本作は1番に好きな映画です。年に何度かこの世界に浸りたくなります。それはジョン・バリーの音楽に依るところも大きくはあります。
若い頃は退屈としか思わなかったのに(メリル・ストリープがレッドフォードの相手役というのがまず気に入らなかった)数年前に再見してからというもの、本作は自分の人生のお供の一つになりました。ほんとに分からないものだなと思います。
特に好きな場面はいくつかあって、まずはストリープ演じるカレンが友人になったばかりのレッドフォード演じるデニスと、バークレーに即興の物語りを語り、そのお礼としてデニスら2人が歌を送るシーン。カレンの物語に聞き入っているデニス=レッドフォードの暖炉の炎に照らされた美貌、その物語に引き込まれている無心の表情、その演技は筆舌に尽くし難く、また、思春期ならともかくこんなふうに大人同士が精神を分かち合えることができるなんて、人間関係としてなんて素敵なんだろうと思います。
また農園の女主人であるカレンが、召使いにしている地元のキクユ族の子供たちに文字を教えようと学校を作り始める。カレンの主張は教育は必要、物語も読めるし、というもので、これは自分がカレンだったとしても嬉々として同じことをしただろうと思うけど、デニスは言う。「文字を教えてどうする?ディケンズでも読ませるのか。彼らにも物語がある。英国の考え方を押し付けるな」これには私もカレンと同じくハッとさせられました。そんな風にデニスは全てにおいて、自由の本質を知っています。
その他、大自然のサファリにてしょっちゅうキャンプするシーンがありますが、こういう生活は本当に憧れ。
カレンという女性は浮気者の夫に新婚早々家を出ていかれ、梅毒をうつされ、農園も夫が勝手にその土地では不向きとされるコーヒー栽培に変えたために、途方もない苦労を舐めますが、常に毅然と立ち向かう。わーわー騒がない。とても共感しますが、どうしたって女という性であることに間違いない、女であることの哀しみを感じるような心理、行動もあったりしてなかなかキャラクターの描かれ方が絶妙です。
そしてレッドフォードにはやっぱり自然がよく似合う。猿にモーツァルトを聴かせるシーンのキュートなこと。サスペンダーにブーツのサファリファッションもよく似合って、ベッドの中での「don't move」のセリフも中年の魅力がむせかえっています。