海

そして人生はつづくの海のレビュー・感想・評価

そして人生はつづく(1992年製作の映画)
-
過ぎ去った時間が形になって返却されてくる瞬間が苦手だ。給料明細とか無事故無違反証明書とかそういったもの、以前は年越しや誕生日さえ苦手だった。時間を、大きい区切りで一度終わらせてしまうことで、何か大切なものも同時に終わっていくような、気づかないうちに過去になり続けている自分が、殺されてしまうような気がするから。実際は違う。今日の朝笑ったわたしは今もずっとあのときから笑い続けているし、数日前泣いたわたしは今もずっとあのときから泣き続けている。家を建て替えるとき木はできるだけ切らないようにしたり、生きているひとが会いに行けるように死んでいったひとのお墓を作るのと似てるかもしれない。生まれた日のわたし、怪我をした日のわたし、歌っているときのわたし、それを聴いてもらっているときのわたし、あなた、全部、ずっと続いている。その糸の端を今持っている。幼いころから、目的地よりもそこにたどり着くまでの過程が好きだった。車の中で景色を見たり歌ったり眠ったりするのが好きだった。遠くの街まで一日中走ってそのまま車で寝泊まりしたこともあった。行き止まっているように見えても、いくらでも道はつながっていて、そして人生はつづくのだということを、飽いても飽いても教わっていたいのかもしれない。同じことを何回でも聞き続ける子供のように、わたしは。つかんで触りまわせるほどの形も持たぬままに生まれてきてしまった寂しさがひとにあんな顔をさせるの。過ぎてしまった悲しみにそっと寄りかかっている姿だってわたしはとても美しいと感じる。水色のバス、頬に点滅するトンネルのライト、大人になったら乗るだろう助手席。風も人も夜も通り過ぎていく車という名の空洞に、そっと耳を当てたくなった。
海