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女の園のほーりーのレビュー・感想・評価

女の園(1954年製作の映画)
4.1
【木下惠介特集⑥ W高峰の悲劇】

学生運動の機運が高まっていた1950年代、封建主義の全寮制女子大において自由と人権を求める女学生たちの群像劇。

高峰三枝子、高峰秀子の初顔合わせだが、三枝子と直接対峙するのが岸恵子や久我美子の方が多いので、あまりW高峰の競演という感じはしない。

でも本作の白眉は秀子の精神ギリギリの演技だと思う。

親から押し付けられた縁談から逃げるために無理して大学に入ったが、その中で勉強に追いつくことができず、なかなか友達もできずに孤立し、次第にメンタルを病んでしまう高峰秀子。

特に姫路城で田村高廣と逢う辺りからのあの演技は観ていてこちらも打ちのめされた。

その後の列車と天守閣からそれぞれ男女がハンカチを振って別れを惜しむ場面の何と美しいことか。

何が凄いかって、この『女の園』と同時期に『二十四の瞳』の大石先生を演じているのだから、この人の演技の幅の広さには驚愕するばかりである。

そして熟練秀子に対して、本当に初々しかったのは本作がデビュー作となった田村高廣。台詞回しもたどたどしい感じがあるのだが、阪妻ゆずりの美形で顔のアップシーンに思わずホレボレしてしまう。

あと本作を面白くしているのは、高峰三枝子と久我美子の関係性。

鬼のような寮母の三枝子は普段女学生たちを厳しく束縛しているくせに、学生運動ばかりしている学生の久我に対しては寛容な態度をとっている。

それは久我の親が大学に多額の援助金を出しているのと、久我自身が三枝子の秘密を知っていることが劇中明かされる。

この辺りの微妙な人間関係も本作の見所だと思う。このワンポイントによりそれまで悪の権化のような三枝子がラストで一気に彼女もまた悲劇のヒロインの一人に様変わりする。

メッセージをストレートに出しすぎるきらいのある木下監督らしく、本作もラストで登場人物が語りすぎるが、それでも学生運動や共産主義が必ずしも本当に苦しんでいる人の心を救済するものではないことを指摘しているのは流石だと思う。

■映画 DATA==========================
監督:木下惠介
脚本:木下惠介
製作:山本武
音楽:木下忠司
撮影:楠田浩之
公開:1954年3月16日 (日)
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