明石です

誰も知らないの明石ですのレビュー・感想・評価

誰も知らない(2004年製作の映画)
5.0
子供を好き放題に産み散らかした母親が「1.おっきい声で騒がない。2.お外に出ない」というシンプルなルールを4人の子供に課し、愛人とともに消えてしまう。残された小学生の長男が、弟妹を守るべく奮闘する話。

80年代に東京で起きた「巣鴨子供置き去り事件」をもとに、是枝監督が細部を脚色しヒューマンドラマに仕上げた一作。映画では、柳楽優弥演じる長男が一家の大黒柱として懸命に弟妹を育てる姿が描かれるものの、実際の事件はそんなに心温まるものではなく、悲惨をきわめたものだったよう。どれほど悲惨なのかは、映画のイメージが損なわれかねないのでここには書かない(私も忘れたい。この映画が事実だったと信じたい)。もちろん映画の方も悲惨ではあるけど、こういう形の悲惨さならまだ救いがあるし、一個の芸術として成り立つのを妨げないほどには臭みがない笑。

こういうの久しぶりだなあ。胃の奥がきゃっとすぼまる感じ。やってることは「ネグレクト」の一言で形容できるけど、単純にそうとは言い切れない。YOU演じる母親は、典型的な学のない、6歳の少女がそのまま大人になったような女性。無軌道ですべてがその場しのぎ、何事においても楽観的すぎるがゆえに生じるツケは、全部子供たちが払うことになる。底なしに無責任なのにちゃんと愛がある(ように見える)のもより怖い。「お母さん勝手なんだよ」「あんたのお父さんの方が勝手でしょう。私たち置いて消えちゃってさ」

「クリスマスまでには帰ってくる」と言い残し母親が姿を消したあとも、長男は、「四人で暮らすため」に、外の助けを借りず、兄妹だけでなんとか生きていこうとする。雨風をしのげる屋根はあるものの、実質ホームレス暮らしで、カップ麺のカップを植木鉢がわりにして室内で植物を栽培しては、公園で水を汲んで生活する。母は弱し、子は強し。つかのま友達ができても、学校には行けないし、「家が臭いから」という理由でいつのまにかみな消えてっちゃう感じも滅茶苦茶リアル。思春期の人付き合いってそうだよなあ、、

是枝監督の映画に詳しいわけではまったくなくむしろお初にお目にかかりまして、という感じなのだけど、この人がなぜ評価されるのか何となくわかったかもしれない。人間を単純には描かない。ひとつの事件を扱うとして、その事件のなりゆきから当然連想されるであろう図式的な内面を、物語の作り手はともすれば登場人物に当てはめがち(その方が圧倒的に楽だし)。そういう甘えがこの監督にはまったくない。たとえば母親はネグレクトをしながらも子供たちにプレゼントを買って帰り、失踪した後も、手紙とともにお金を送ってくる。でも電話には絶対出ない(←ここがめちゃリアル)。子供たちは母親が大好きだから、彼女の帰りを待ち侘びる。遺伝子で繋がっている以上、一片の愛もない家族関係なんて稀なわけで、こういう「愛はあるけど他にもっと大事なものがある」タイプのネグレクトが実は多いんだろうなと納得させられる。

いつか聞いた伊集院光のラジオでこんな話をされていた。若い頃、憧れの笑福亭圓楽に会ったときに「あなたの落語を聞いて落語の道を諦めたんです!」と打ち明けたら、「嘘じゃねえのかもしれねえけど、なんか、よくできた話だな」それを思い出した。そうなのよね。人間の感情は論理的につじつまがあうものと思い込んでいるのは、取り調べ室の警察か、あるいは「物語」の作り手くらいのもので、むしろ、矛盾していることこそ人間の感情なのだと私は思う。その矛盾を自然に差し出すのがこの映画はなんと上手いことか。しかもそうした登場人物の感情の動きが、逐一説明されるわけじゃないのに、画面を見ていたら、だんだんと沁みるように理解できてくる。凄いよこの監督。

ネグレクト母役のYOUが演技うますぎて引いた。いつになっても大人になれない、綺麗な容姿だけが取り柄の中年女性が腹立つくらいリアル笑。中途半端に子供を愛し、だから子供からも慕われる。でもその愛は、自分が自由に生きたいという欲求を妨げるほどではなく、ひとたび愛人ができるや、子供のことなんてすっかり忘れてしまう。この絶妙な感じ。だてに若い頃、半魚人にしばかれていたわけじゃないのですね(産ませてよ!)。もちろん子役たちの演技も凄い。中盤過ぎあたりで韓国系の女の子が家族に関わるようになるまで、これが映画だと忘れていたほど。個人的には、YOUが本作のMVPだよなあと思う。ごっつええ感じのファンだったかどうかとは関係なく笑。

画の構図や細部の撮り方も、与えられた条件で最上のものを引き出した、といった感じのたゆまぬ努力(ともちろん才能)がビシビシと伝わってくるもので、何から何まで素晴らしすぎる一品に、エンドロールでは一人スタンディングオベーションした(正確には飼い猫の額をチョップした)。こんな名作を今までスルーしていた自分に驚く、というレベルの名作でした。
明石です

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