萌える闘魂

ドクトル・ジバゴの萌える闘魂のレビュー・感想・評価

ドクトル・ジバゴ(1965年製作の映画)
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この映画、平和ボケの「今の」日本人には不倫劇にしか見えないだろう。そしてただの不倫劇と公言する事で自分が如何に健全な感覚の持ち主であるかを証明出来たと盲信し心の平安を辛うじて保てることで貧しい自己満足に入り浸っている自分に気が付かない。不倫劇という酷評くらいでは折れないしなやかさと強度を持った作品である。当時1200万ドル前後の制作費を投入しモスクワの大オープンセットを建て鉄道を走らせた。1000人単位のエキストラを動員し革命の動乱を描き人間模様を展開。今日ではCG無しでは到底再現不可能だ。要は革命を人は如何に生きたかなのだ。ジバゴは作中、生きると言った。この作品は生きることの意味ではなく、生きることを不断の現在としてスクリーンに投影している。我々はただスクリーンへ視線を送り続ける事しかできない。クリスティーが甘美で美しい。前奏曲が心にしみる。ラスト、壮麗なダムは威容を誇るだけで何も語ろうとはしない。ただ時代をそして革命を押し流し続けるだろう。その先に何があるのか誰にも分からない。