垂直落下式サミング

海軍横須賀刑務所の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

海軍横須賀刑務所(1973年製作の映画)
3.8
勝新×東映。両者のいいトコどりをしたかのように、新兵ものと刑務所ものを、一本の映画で同時に堪能できる。
前半は徴兵され海兵団に入営した志村が上官からいじめをうけて問題を起こし、後半は上官に乱暴をはたらいたことで収監された海軍刑務所でのプリズンブレイクといった内容である。
前半は、仲間と売春宿で女を抱いたり、自ら志願して汲み取り式便所の中に入ったりと、楽しくコミカルなトーンでストーリーが進むが、やがて上官に目をつけられてしまい、同じ部隊に所属する訓練兵たちへの風当たりが強くなる。
しごきの内容は東映らしく下劣かつ陰湿にみるものが嫌悪感をもよおすような描きかたをしており、当事者にとって死にたくなるほど屈辱的なものであることは想像に難くない。事あるごとに、鉄拳制裁に、晩飯抜き、さらには帝国海軍の悪しき伝統として語り継がれる「海軍精神注入棒」を持ち出してきて、一列に並ばされてケツバットされる。
陸軍では、兵をいじめすぎた下士官が、敵軍と遭遇し白兵戦になった際のドサクサに後ろから部下に撃たれることがあったようで、ある程度は上官たちも威張り散らすのを自重していたようだが、多くが軍艦の乗員となる海軍では、船員となれば否が応でも運命共同体となるため後ろから撃たれることもないので、船内ではこの映画で描かれる以上の虐待行為がまかり通っていたそうだ。
物語の前半は相棒らしい人物がおらず、友達になった松方弘樹もチャランポランなので、母の言葉を守り意志の強さで自制する勝新だが、友人の自殺によって我慢の限界をむかえてしまう。
勝新が上官に仕返しをする場面は、丸まんま『兵隊やくざ』と同じで、ここで新兵いびりに積極的でなかった上官のひとりが唐突に有田上等兵っぽい感じを発揮するなどして、観客のフラストレーションを発散させてくれる。「お前は何年海軍のメシを食っている?」「軍隊では星の数よりメンコの数がものを言う」など、本家へのオマージュには余念がない。
後半の横須賀刑務所では、同じく受刑者の菅原文太が彼の暴走を知的な機転でセーブする役回りを担う。ここでいつになく物腰の柔らかい役を演じる文太と協力し、腕力と頭脳が合わさって名コンビとなるはずなのだが、前半で志村を理不尽な環境でも我慢できる子として描いてしまっているため、どうにも文太の存在感が希薄になる。というか、勝新が演じる志村以外すべての人物が薄い。
「普通にしていても集団からはみ出してしまう異分子」をさせると輝くのが、勝新太郎という役者の持ち味だ。なので「本能的に既存の社会体制に反逆する者」という東映的な主人公のフォーマットに当てはめてしまうと、おさまりの悪さが物語のなかで浮き上がってしまった。
そのかわりに映画全体のテンションは妙に高く持続しているので、どの場面をみても均一に満足感は得られる。プログラムピクチャーとしては正しいが、どこかでみたことがある類型的なシーンが多すぎるし、見せ場とそれ以外の緩急がないため、ストーリーが一本調子に感じてしまった。もっと面白くなったはずだ。