アラサーちゃん

天使のアラサーちゃんのレビュー・感想・評価

天使(1937年製作の映画)
4.0
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〖天使〗
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ルビッチのラブストーリーなんですが、これもまた傑作なんです。

円満に幸せに暮らしていた夫婦。ある日、妻が偶然出会い、惹かれあった男は、じつはなんと夫の古い友人であった。その友人もやがて惚れた『天使』の素性が友人の妻だったと知るのだが、それでもなお彼は彼女を恋い慕い、妻の心はふたりの男の間で大きく揺れる。

この映画は、『瞬間を見せない見せ方の演出』がとても上手な映画だと思う。

というのも、極端な例を出せば、〖殺人事件の作品で、殺人シーンを一切映さない〗っていう昔のサスペンス映画のような故意のシーンの作り方という感じ。

こここそは、という重要なシーンに、肝心の姿は映さずに、マクガフィンや脇役の会話、メタファーを使って、観客にあたかもそのものを見せているような感覚を与える。それくらい、要素だけで強烈な印象を残してくれる。
それって結構、直接目に触れるよりも、じつは想像力を掻き立てられてより効果的だったりする。

ルビッチは、そういったシーンをけっこう好んで撮っている。大好きな〖街角 桃色の店〗でも、主人公の友人が喫茶店のなかをウィンドウから覗くシーンでは、観客以外、両者の状況を知らないわけで、そのすったもんだを垣間見られるというのが、可愛くて滑稽で素晴らしいシーンだった。

それがたとえばこの映画で言うとすれば、三人が一緒に食事をするシーン。
ここは、妻と友人がはじめて不本意に再会する。二人の間には秘密の関係性があるにもかかわらず、夫だけが二人の密会の事実を知らないという、ストーリーとしては結構面白いシーンで、〖夫の手前、平然と振舞っている二人だけど、じつは心の中では動揺しまくっている〗ということを観客たちに植え付けたい、という思惑が働いています。
しかし、それだけの重要性を孕んでいながら、肝心のダイニングルームはほぼ映されることなく、その会食タイムが映し出されるのは、なんと裏方。
コメディリリーフの給仕頭をメインに置きながら、給仕たちがご主人様たちの皿を下げてくるのだけど、給仕たちは揃って頭をかしげながらのぞき込む。下げた皿に違和感を感じているのだ。
給仕たちはご主人様たちの間に向き合う見えないベクトルの存在には気付かない。夫も恐らく気付いていない。もちろん、ご主人様たちは給仕たちが皿を眺めて訝しんでいることなど、知る由もない。すべて分かっているのは観客だけなのだ。
この活用こそルビッチタッチで、その皿たちがドアの奥・画面に映らない三人の様子を上手く描ききっているのだから、この演出はとてもお見事。

その前には、夫と話す友人(まだ妻の存在を知らない)が、夫の書斎で妻のポートレートを遠目で見つけ、『奥さんの写真か?』と近づいていくというくだりもある。しかし、そのシーンは夫がそうだと頷いたあとは、ぱったりちがうシークエンスへと映る。
じぶんの恋い慕う天使が、友人の妻だと知ったときの彼の反応はいったいどうだったのか、彼の心の傷はいかほどだったのか、と考えずにはいられない。

そんな演出を楽しんでどうなる?どうする?とワクワクした先のクライマックスには、彼が、彼女が、それぞれの場面でとる選択肢に唸らされる。その瞬間の描き方がじつに絶妙に鋭くて、切ない。

ラストシーンの前、美しいセリフを吐いたあとにその人が立ち去るんだけど、その瞬間の所在なげに一度左右に目が揺れるんですね。その一瞬がたまらなく素晴らしくて、そこからのラストシーンのセンスの良さに思わず『わ!』って驚いて、ルビッチを褒めたたえずにはいられなくなっちゃいますね。

彼らがチョイスしていく選択肢。その自分の道を切り開いていくかのように、作中でさまざまなドアが映し出されていくのも印象的。三人揃ってのショットの並び順もクスッと笑う前に『なるほど〜』なんてため息が漏れちゃう。

とはいえ、ルビッチと同郷マレーネ・ディートリヒの天使は、もはやひとつの芸術作品かと見紛うほど惚れ惚れするような美しさで、1時間半これを眺めていられるだけで大満足かも😌
ディートリヒの魅力としては、序盤のメロドラマ風なセリフをはかせるよりも、男たちに堂々と別れの言葉を口にする潔さが似合っていて素敵。

じつはこれを鑑賞する前に他の方から、この作品の衣装(#トラヴィスバントン)がいいと聴いていたので、そういう部分も堪能できたのも満足。ファッション関係は疎いので、けっこう目に付いてなかったりするので。確かに素晴らしかった💕