なべ

ジャッキー・ブラウンのなべのレビュー・感想・評価

ジャッキー・ブラウン(1997年製作の映画)
5.0
 DVDは持ってたけど、Blu-rayが安くなるのを待ってたら廃盤になってしまったジャッキー・ブラウン。某配信サービスのお試し期間中に久々の鑑賞。
 異論はあると思うけど、ぼくはタランティーノの最高傑作だと思ってる。キルビルみたくケレンに走ることなく、しっとりと落ち着いたムードが最後まで崩れない成熟した大人の雰囲気がいい。抑制の効いたタランティーノ作品ってワンハリとジャッキー・ブラウンしかなくね? いやケレン味たっぷりのタラ作品も好きだよ。好きだけど、一作品として観た時の感触というか、得られる充足感が、ジャッキー・ブラウンは群を抜いているのだ。
 パム・グリアへの愛が溢れ過ぎることなく、リスペクトで覆われており、作品の世界観を損ねないよう、注意深く表現をセーブしてる感じ。B級アクションのシネフィルが、溢れ返る情熱をグッと堪えて渋味フィールドに踏みとどまったおかげで、アクの強い中年どものクライムアクションがどれほど珠玉化したことか。

 110番街交差点をまるまる一曲使って、空港のムービングウォークを移動するジャッキーを追うオープニング。卒業のダスティン・ホフマンと同じ構図だ。タイトルロゴがあの時代のブラックムービーっぽくて、いきなり「好き!」が湧き上がる。
 ただ移動してるだけなので何も起こらないし、変化するのは背景のモザイクタイルだけ。なので役者としては表情の変えようがなくて結構辛いと思う。観ているこちらも若干の緊張が伴うが、無表情な横顔(クール!)を見ながら、ああパム・グリア老けたな。でもまだきれいだよな。昔観たのはフォクシーブラウン? どれもこれも大体似たような話だからわからんな。そもそもいまソフト化されてんのか。もっかい観たいな。ああ懐かしい…と彼女に関するいろんな記憶や感情が去来して、物語が始まる前に気分ができあがる寸法。

 この作品、クライムムービーにしては話の規模が小さい。ジャッキーが奪取を目論むのは現金50万ドル。安っ。鞄ひとつに収まる額だ。犯罪者と当局の板挟みにあってニッチもサッチもいかない彼女が、扱える金額としてはなかなか現実的な線じゃなかろうか。おそらく悪党を出し抜いて手に入れられる上限額だと思う。昔のB級アクションムービーで狙われる額ってだいたいこれくらいだったよね。
 主要人物がほぼ中年なのも、ぼくにはツボ。人間のくたびれ具合はもちろん、人生のどん詰まり感がたまらないのだ。この先大きな大逆転など起こらないのはぼく自身もそうなんだけど、その寂寥感というか諦念モードなのが胸を締め付ける。ジャッキーがメキシコのCLLのCAっていうのも、それ以上でも以下でもない絶妙な設定じゃない?
 悪党もフリーの武器密売屋。小物だ。小物とはいえ容赦なく人を撃ち殺すけどね。
 当局がATFなところもリアルだわ。アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局だよ。FBIとかじゃないからね。そりゃオデールが扱ってるのが銃器だからATFで合ってるんだけど、事件が重大にならないさじ加減がいい塩梅だ。ジャッキーを脅して捜査に協力させるくだりとか、アコギなやり口も無理がないよね。
 例によってタランティーノは登場人物のキャラを無駄話で肉付けしてるけど、銃の蘊蓄によってオデールの銃オタ度がわかり、メラニーのみくびりツッコミで底の浅さが掴めるのは巧いよなあ。
 確かデニーロはどんな役でもいいから出させてくれとタランティーノにラブコールを送ってルイスの役を得たように記憶してる。当時はもうギャラが高騰して、大型映画の主役しか演らなくなってて、しょーもない役者になっちゃったなあとガッカリしてたんだよね。ところがタランティーノの手にかかれば、大御所もポンコツ扱い。ルイスの使えねえ鈍重ぶりが贅肉のついたデニーロの佇まいと重なって、なんともいい具合に仕上がってた。「3分後」のテロップでの軽いあしらい方の鮮やかなこと! スターの鎧なんかいらんとバッサリ切り捨てたタランティーノの采配が素晴らし過ぎる。
 ブリジット・フォンダも親の七光りを感じさせないはすっぱさがサイコーじゃんね。こんなに巧い女優だっけ?と驚いたもん。
 そしてマックス役のロバート・フォスターな。ジャッキーの守護天使。見たことあるようなないような地味な役者なのに、タフで優しく抜け目ないマックスをこの上なく誠実に演じてる。刻まれた皺のひとつ一つが印象的で、思わず、ああ、こんなおっさんになりたいと思っちゃったよ。なんていい顔するんだろう。このキャスティングにタランティーノの映画人としての良心が透けて見えた気がするのはぼくだけ?

 そして迎える白昼のショッピングモールでのクライマックス。いくつかの視点でリプレイされる50万ドル強奪計画がわかりやすい。全登場人物がそれぞれジャッキーの目論みに沿って自分の役割を果たしてるのが見事だ。なんて鮮やかな手口! 試着室でのジャッキーのOoo Yeah! は惚れたね。ランディ・クロフォードのストリートライフとも相まって、一気に解放されるクライム指数の高まりが気持ちいい。
 本作でもタランティーノが劇伴を選曲してるんだけど、いつもみたいなあざといドヤ感がないのも好感が持てる要因の一つかな。
 マックスのカーステレオにデルフォニックスのテープがあることが、オデールの疑念につながるところも好き。曲が小道具として機能してるのがカッケーなと。
 一緒に行きたいけど行けないマックスの諦念が痛いほどわかる。ジャッキーの口紅が残ったまま、穏やかに踏みとどまるマックスに悶絶したわ!
 別れのキスを経て(このキスシーン大好き!)、再びエンディングで流れる110番街交差点。劇伴かと思ったらジャッキーも口ずさむので「お前が歌うんかい!」とツッコみそうになったわ。うそ。ほんとは感動してた。

Hey brother, there's a better way out Snorting that coke, shooting that dope, man you're copping out
Take my advice, it's either live or die
You've got to be strong if you want to survive

 なあブラザー、いい手があるぜ!って呼びかけとセンチメンタルなストリングスの旋律が切なくて、涙腺が刺激される。人生のどん詰まりで、誰を信じ、誰を利用し、誰を裏切るか、ギリギリの攻防で袋小路から脱した彼女の健闘を讃えながら、ぼくの目はゆっくり潤んでいくのだ。
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