スギノイチ

日本悪人伝のスギノイチのレビュー・感想・評価

日本悪人伝(1971年製作の映画)
3.5
当時のキリスト教の呼称・耶蘇(ヤソ)の十字刻印を額に刻んだ陰気なずんぐり男、ヤソ熊。
単なるエセ教徒なので信心深さなどまるでなく、アンチクライストな暴れぶりを見せつける。
だるそうにしていたかと思うといきなり相手の頭をかち割るキ○ガイかと思いきや、知能もかなり働くようだ。
異様な風体と強烈な言動が炸裂する冒頭から、「何かいつもの若山富三郎と違うぞ」と覚悟させられる。
若山富三郎の役柄は大体「怪力無双、人情家、純情、憎めないバカ」に固定されがちだが、今回は怪力無双以外の人間的な要素は排除され、代わりに外道、色情狂、暴君、悪知恵といった兇器が加えられている。
主人公補正に加えて最強属性をこんなに重ね掛けできるのは若山富三郎だけだろう。

多くの仁侠映画はその作劇の性質上、どうしても主人公側が受動的で無防備な存在になりがちだが、本作に限っては主人公達が敵ヤクザ以上に悪辣かつ有能なので、観ていて気持ちがいい。
ヤソ熊の外道一味は全部で5人。 モト弁(渡辺文雄)、ゴト松(江波多寛児)、アカチン(大木実)、忠平(藤浩)である。
何といっても渡辺文雄が味方というのが心強い。相手に裏切られる前に裏切るからだ。

前半、ヤソ熊一味が遠藤辰雄と金子信雄の傘下に入るという展開から、東映マニアほど「ああ、終盤でこの悪タヌキ2人に裏切られる→殴り込みの鉄板パターンだな」と推測してしまう。
実際、自滅へ向けた策略を仕掛けられるのだが、渡辺文雄が「これは罠だな」とすぐに看破。
これが鶴田浩二ならまんまと引っかかって義憤のクライマックスに突入するのだが、ヤソ熊は裏切られる前に遠藤辰雄を暗殺してしまい、さらに権力争いの材料にしてしまう痛快さ。
女郎屋を乗っ取った後はやりたい放題の悪政暴君。その最中にヒロインは自殺。
遠藤辰雄に虐げられていた女郎達にさえ「ヤソの旦那に代わってから、前よりずっと悪くなった」と言われる始末。

その後も実録映画顔負けの外道合戦が繰り広げられるが、それでもこれは(一応)任侠映画なので、最期には殴り込み展開になるのだが、ここも一筋縄ではいかない。
ヤソ熊一味はそれぞれ銃や刀でバラバラに戦ったり逃げ回ったり纏まりがなく、ヤソ熊も腹を抉られながらも飛んだり跳ねたり大暴れなのだが、意外と早々に退場してしまう。
その様式的でない立ち回りはまるで後の実録演出を先取りしたようだ。
そして、意外にも大木実や渡辺史雄が謎の頑張りを見せるのだ。
そもそも渡辺文雄が味方側な時点で珍しいのだが、さらに主人公顔負けのど根性の立ち回りを魅せてくれる。
結末も従来の任侠映画の定石を崩したような演出で、思わぬ人物の思わぬ散り様でラストショット。
殴り込み自体のカタルシスを全く放棄した乱暴かつ冷ややかな終わり方に唖然。
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