映画を見る猫

トニー滝谷の映画を見る猫のレビュー・感想・評価

トニー滝谷(2004年製作の映画)
4.8
何故だかわからないくらい、好きな映画。
文学を映画にすること、その演出としてこれほどピタリとくる作品を、私は他に知らない。
その上、ダイアローグへの拘りと同じくらいに、1つ1つのシーンが、脳裏に焼き付いて離れないくらいに美しい。
坂道を軽やかに駆け上がる、美しい女。真っ白な部屋での鮮やかな朝食。誰かと目で会話をし、笑い合う日常。
幸せの情景。
それをこんなに美しく描いた後に、呆気なく、失ってしまうのか。
観葉植物、ダイニングキッチン、朝食、そして残された沢山の服と靴。
愛する人の喪失が、静物を通して語られる、あまりに淡々とさり気なく。
トニー滝谷は恐れてた。
誰かを愛してしまうことを。
誰かといることの幸せを知ってしまえば、再び孤独に慣れることはできないと予感していたから。
悲しい、哀しいと。
戦慄しながら、それでもずっと、好きな邦画を一本挙げてと言われたら、迷わず、この作品を選んでしまう私は、もしかするとトニー滝谷と同じように、いやそれ以上に「つまらない」人間なのかもしれない。
あっさりとした、それでいて、癖のない、この映画の無機質さは、1人の夜に暗闇で、鑑賞するにはうってつけなのだから。