Arata

青べか物語のArataのレビュー・感想・評価

青べか物語(1962年製作の映画)
4.0
黒澤明監督の「どですかでん」を鑑賞後、同じく山本周五郎先生原作のこちらを鑑賞。

こちらも同様に、貧しい人々の暮らしを描いた作品。
原作は未読。


ジャケット写真などはモノクロだが、映画はカラー。



【あらすじ】
割愛。



【感想など】
・タイトル
「青べか」とは、青色のべか舟の事で、主人公の「先生」が売りつけられるボロボロの舟。
べか舟とは、のり採り舟のこと。
詳しくは「べか舟」で検索すると、この映画の舞台「浦粕(うらかす)」のモデルとなった浦安市の公式サイトが上位に出てくるはずなので、ご覧頂けたらと思う。

また、先生はこの青べかを「彼女」と呼ぶところも、色々な意味を含んでいる様に思えた。



・ロケーション
原作は、昭和初期の浦安がモデル。
映画は、戦後の高度経済成長期、埋め立てが進む以前の浦安をモデルとしているとの事。
この映画の直後から、本格的な埋め立てが進み、ラストシーンの先生のセリフの通りに変わっていく事となる。
かつて「水の都」だった東京の風景や、海苔や蛤(はまぐり)漁をする東京湾の景色などを撮らえた、歴史的に貴重な映像とも言える。


・スタッフ、キャスト(敬称略)
監督:川島雄三
脚本:新藤兼人
原作:山本周五郎
出演:森繁久弥(彌)、東野英治郎、フランキー堺、左幸子、中村メイコ、市原悦子、乙羽信子、山茶花究、左卜全、名古屋章、桜井浩子などなど。


・車引きが蒟蒻屋になる
作中の表現。
車引きとは、人力車を引いている人の事なので、脚が達者。
蒟蒻はその昔、脚で踏んで作られていた。
車引きが蒟蒻屋にいったら、脚を使わせられる。
つまり「お脚(おあし)=お金」を使わせられると言う諺なのだとか。

お金の事をお脚と表現するのは、「お金は脚も生えていないのに走り去る」や、「脚が生えてるみたいに、世の中を渡り歩く」と言う様な言い方から由来するもの。

しかし、「車引きが〜」と言う諺は調べても出て来ない。
今は廃れた諺なのか、元々極々ローカルな表現なのか、それともただの創作なのか。
なるほど納得な表現ではあるが、「車引き」にも「踏んで作る蒟蒻」にも馴染みの薄い現代では、やや難儀な表現。



・浦粕橋
旧江戸川の東京と千葉とを結ぶ橋で、浦安橋がモデルと言われている。
東京から橋を渡って物語が始まり、東京へ向かって橋を渡るところで物語が終わる。
とても良い役目を果たしていると思えた。



【飲み物】
宝酒造さんが、かつて販売していた瓶ビール。
ジョニー・ウォーカーの赤。


・瓶ビール
ごったく屋、料理屋、など、幾つかの場面で登場するビールが、宝酒造さんのビール。
正式には、当時の表記は、「宝酒造」ではなく「寳(たから)酒造」。
1957年(昭和32年)から1967年までの約10年間販売していたもので、商品名を「タカラビール」と言い、ラベルにはカラフルな色使いで“TAKARA BEER”と記載されている。

宝ビールは、現在でも多く存在する瓶ビールの中瓶(500ml)を、日本国内において業界で初めて販売したとの事。
既に販売があった大瓶(633ml)や小瓶(334ml)に比べて、ちょうど良い量が消費者に受けて、他社もそれに追従したとある。
また、当初1本の価格をちょうど100円で販売していたらしい。
大卒公務員の初任給8,700円、かけそば32円、ラーメン45円、喫茶店のコーヒー50円、映画館が140円らしいので、ビール1本100円は、中々お高い様に思える。

当初はドイツビールを彷彿とさせる強い苦味が特徴の商品を売り出したものの、翌年には日本人好みの飲みやすい味に変更されたとあるので、ここで飲まれているビールは、現在の日本のビールに通ずる様な、いわゆる淡麗辛口のスッキリとしたお味のビールなのだろう。
大瓶よりもやや少ない中瓶のサイズが、ついつい「もう1本、もう1本…」と本数を重ねてしまうのかも知れない。

しかし、57,896円と言う一晩の飲み代は流石にやり過ぎ。笑
スーダラ節に合わせて、ビールの栓を抜いていく様子が非常にバカバカしい。
あの大量のビール達は、その後どの様になるのだろう。
明らかなぼったくりなので、無理やり栓を戻すかなんかして、使いまわしたりするのだろうか。もし、そのあたりの事情をご存知の方がいらっしゃったら、ご教示願いたい。

映画公開時の1962年(昭和37年)の物価は、大卒公務員初任給14,200円、かけそば40円、ラーメン50円、コーヒー60円、映画館200円とある。
これに照らし合わせると、実に4ヶ月分の給料相当。現在の大卒公務員初任給は18万円くらいなので、今なら70万円以上と言う事になる。

ぼったくり被害に遭わないに越した事ないが、万が一そうなった場合にも幾つかの対処方法などがある。
予め対処方法を知っておくと、いざと言う時に頭が働き身体が動くかと思うので、「ぼったくり 対処方法」などで調べておく事も大切かも知れない。
かく言う私も、20歳そこそこの頃に被害にあいかけた事があるのだが、なんとかうまく切り抜けた事がある。だが、その件に関しては、またの機会にと言う事で。


・ジョニー・ウォーカーの赤
左幸子さん演じるごったく屋のおせいちゃんが、歌舞伎鑑賞の後、夜中に先生を訪ねて部屋まで行き、先生にお酌をしているのがジョニー・ウォーカーの赤、通称「ジョニ赤」。
現在「ジョニ赤」は1,500円前後だが、当時は様々な理由から、1本3000円以上の高級酒。今で言えば、1本5万円以上のウイスキーを飲んでいる様なものかも知れない。
そんなお酒を、部屋に無造作置いてあるあたりからも、先生の生活、心境、更には経済状況などが垣間見える。




【総括】
主人公の先生を演じる森繁久弥(彌)さんによる1人語り風ナレーションが心地よい。

先生は、この作品の他の登場人物達とはどこか距離がある。
先生の、どこか傍観者の様な姿がそこにある事で、むしろ彼等の内面を覗き見る事が出来る様に思える。

現代では考えられない様な言動の数々も、ある一定の距離を保つ先生を通して語られるから、なんとなく理解する事が出来た気がした。

埋め立てが進み「海苔や蛤は、当然その棲家を失うだろう」と言うセリフと、この街の人々の様な「あまりにも人間的過ぎる挿話」も今はほとんど聞く事が無いと言う事が、何処か共鳴している様にも思える。

「何かを得る為に、何かを捨てる」と言う言葉が思い出される。

果たして捨てる必要はあるのか、捨ててでも得たいものなのか、見極めて生きていきたいと考えさせられた。
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