ここまで正統派の文芸作品は久しぶりに観た気がする。脚本もさることながら、固定アングル+長回しで表現される世界観は耽美的だ。エドワード・ヤンの遺作は、とある家族の群像劇である。
固定アングル+長回しなどという表記を見ると、だいぶ無機質な画が想起されるが、エドワード・ヤンが切り取るカットはどれも雄弁だ。夜の道路を横切る車の群れ。その前に佇む役者。煌びやかなオフィスの風景。時にはカメラが祖母自身となり、娘が激しく心情を吐露するシーンを静かに映し出す。
どれも実にアーティスティックだ。
恐らくヤンヤンは感度が高い子供である。成長したら朝井リョウみたいな大人になるに違いない。父の密かな恋心を敏感に察知したかと思えば、物事の見え方に対して素朴な疑問を呈するようになる。女の子に対する自身の気持ちの変化にも、きっと気付いていたのだろう。極め付けはやはり、ラストのおばあちゃんへの手紙である。
私たちはどこへ向かうのか。この映画では、尾形イッセーが良い答えをくれた。