喜連川風連

台風クラブの喜連川風連のレビュー・感想・評価

台風クラブ(1985年製作の映画)
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台風がもたらす空間の閉鎖性。

雨が人を遮る。その中で人間たちは宴に酔いしれる。

結婚による人生のゴールを思い、虚無を感じる担任の梅宮。外に出られない台風の中、カラオケに興じ、叔父の入れ墨を見て見ないふりをする。

学校から出られなくなった生徒たちは全裸で踊り、東京から帰れなくなる理恵は知らない男の家に上がる。

台風がもたらす非日常性。雨によるモザイク。天女の宴を垣間見ているような禁忌感。非日常に男女が集まって踊り狂う様は往年の夜這い文化を思わせた。監督はセックスのメタファーとして確信犯的にあのシーンを撮っていると思う。

とかくエロティックに撮られた序盤の緊張感。日活ロマンポルノを見にきた気分になった。鬱屈と思春期男女の危うさがリンクする。

監獄のような学校から目を逸らすために、若者たちは踊る。80年代の享楽的な雰囲気を反映。

三上は先生を嫌悪しながらも、どこか自分も将来ああなるのではと予感している。死を感じていないから、生きてないんだと語り、飛び降りる三上の白々しさは、三島由紀夫の死とも重なる。
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