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他人の顔のTnTのネタバレレビュー・内容・結末

他人の顔(1966年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

 人体の様々な部位の模型が水に浸かっている。バラバラ死体のような本当の人物のリアルさがあり、微塵も造形物と思えない精巧さ。そんな幕開け早々に原作に忠実な描写を見て驚くし、”仮面をかぶる”ということにも説得力が裏付けられる。武満徹のワルツがまた今作をグッと大人びた映画に仕立てる。この時代にこれだけの完成度をもちつつ、ヨーロピアンな雰囲気を漂わす芸術映画を作れることが異常である。

 レントゲンの骨が喋るのが面白い、誰も骨になってまで演技する人はいないだろうから。その後も、顔を映画始まって布で覆い隠したまま演技する仲代達矢も面白い。演技からあんな二枚目の顔を取り去ってしまうのだから。

 自分が原作を読んだ数少ない作品。原作から映画への翻訳はとても上手く思える。核の部分は同じだが、映画としての魅力が自立できている。細部の変更も、またラストの大胆な結末の違いも、映像にしか為し得ない、真に映画的な”翻訳”だと思った。特にラスト、あの流れる人混みの中、誰もが既に顔を失っているという恐ろしさ。その果てに医者を殺し、彼が我々世間の中に紛れ込む可能性が見て取れる。それは、我々への密やかな復讐として機能し、不安を与える。そしてラストの、”下ろす錨”の矛先を失った恍惚とも絶望ともつかぬ表情の大写しに、えもいわれぬ感情が湧く。

 また、原作以上に医者の位置が大きく占めたのも上手いと思った(映画始まって最初のシーンを医者が担っていることからもわかる)。というのも、原作は顔を失った男の一人語りが占め、客観性は無い(言ってしまえば、男は真実を曲解して語っている可能性がある)。男の内側から出た言葉を外側からカメラ向けて撮るわけで、ある程度客観が入り込む。モノローグは無く、彼の心情の揺さぶりを医者が務めることで、彼の心のうちが察せられるという寸法である。しかし、そうした制作面での立ち位置だけに医者の存在は止まらない。原作ではもっぱら男が錯乱し言い訳で塗り重ねる見苦しさがあったが、今作ではそんな彼を実験体として楽しむ医者という存在が付与される。原作でも、彼の独善的な語りが好きになれなかったものの、医者がそもそもよくない説がある。顔の傷=精神の傷と説いたのは医者であったし、そこに妻の「他人の顔は鏡である」という駄目押しが加わることで、自身の醜さが他者の鏡に写ることでもはや彼は何者も醜く見えるのだった。かなり滑稽だし(仮面がバレて、剥がれかけの仮面が情けない)有害な男らしさが悲喜劇的な顛末を迎える面白みもあれど、ラストカットでその彼の顔を見ると(彼が何も無いのに鏡でも見るように顔を触って確認しているのだが、鏡=他者の顔、その喪失ということをよく表している)、顔を失ったばっかりに全てを喪失してしまったかのような寂寥感が漂い、急に感情移入してしまうのである。加害から被害へと変わる瞬間。

 因みに原作との改変で美しいと思えたのは、「愛の片側」という映画についてである。今作でも説明不足ながら(男が見た映画であると説明がされないまま唐突に始まる)同時進行で進む物語としてこの「愛の片側」は存在している。まずケロイドの女性という劇中主人公を演じてる入江美樹の美貌に惚れる。そして兄との近親相姦という過激さと儚さ(ケロイドの娘が抱える愛を理解できるのは、偏見の抱える世の中ではなく狭い家庭内と閉ざされているのだ)。なにが美しいって、原作だと包帯の男は妻に「あの映画の中で、兄が接吻したのは、妹のどちら側の顔だったのか。答えられはすまい」と綴るのみであったのだが(文脈的にはケロイド側なのかなと思えたが)、今作で兄はケロイドの側に何度も優しく接吻しているのだ。改変とは違うかもしれないが、原作が詳細に語らなかった理由もうなづける。映像だからわかるその慈愛をこうして目撃できて嬉しかった。その後、兄が絶望の朝日に焼き尽くされ「アンダルシアの犬」よろしく皮膚を剥がされた死んだ家畜になるという衝撃も凄まじい。

 今作、シュールな描写が物語進行の妨げに全くなっていないのが巧みだ。はじめは、確かにそのシュールの唐突さを理解できなかったが、ちゃんと適切すぎるぐらいに意味合いを帯びている(なので詩情とはまた別である)。

 医者の偏執ぶりがわかる病室と、妻に看護婦との不貞を疑われ監視されることによる垣根のない空間。疑いは鏡の反射のトリックによって視線に不和をもたらす。医者が患者を圧倒する時、カメラは回転して彼らの正しい上下関係を示す。仮面をつけてすぐのビヤホールで感情の発露にどもりがあれば静止画と再生が編集に施される。決して奇抜なわけでなく、話法上やれる最大限をやってる感がある。

 石井岳龍が「箱男」を撮るみたいので楽しみ!勅使河原宏のような上質さよりも、「箱男」のあの泥臭い感じは石井監督に合っていると思う。あとこれは個人的にいつも頭に浮かぶのだが、「箱男」ってバナー漫画とかにめっちゃなってそうなんだよなぁ笑。
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