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夜の素顔のkaomatsuのレビュー・感想・評価

夜の素顔(1958年製作の映画)
3.8
日本舞踊の師範へと上り詰めた、ひとりの女の半生。その栄枯盛衰を、したたかな女同士のバトルを通じて、因果応報的に描いた、監督:吉村公三郎+脚本:新藤兼人の「近代映画協会」コンビが大映で製作した作品。

1942年、南方の戦地で、軍の慰問ダンサーとして踊る朱実(京マチ子)と慰問係の若林中尉(根上淳)は、敵の空襲に遭いながらも愛し合う(京マチ子さまは、日舞だけでなくハワイアンダンスもめちゃくちゃウマいけど、お腹はブヨッと二段腹(笑))。戦後間もなく、何もかも失い、身一つで上京した朱実は、日舞の家元・小村志乃(細川ちか子)のもとを訪ね、何度も懇願して弟子入りした。時は経ち、朱実は志乃の一番弟子にのし上がる。そして、志乃が共演を望んでいた歌舞伎俳優や、志乃のパトロンらを次々と誘惑しながら、最終的には破門となり、同時に自身の流派である菊陰流を創立する。ほどなく朱実は若林と再会し、結婚。そして、プロデューサー気取りの若林の入れ知恵もあり、菊陰流を売り込むため、全国を巡業する。だが、公演には膨大な費用がかかり、やがて朱実の家を担保に入れるまでに借金が嵩んでしまう。欲しいものはすべて手に入れ、日本舞踊界では確固たる地位を不動のものにしたかに見えた朱実だったが、その座を虎視眈々と狙う者がいた。その者とは、かつて朱実が志乃に対して行ったパターンとまったく同じで、朱実の忠実なる内弟子・比佐子(若尾文子)であった。

新藤兼人氏の冴えわたる脚本に加え、盟友・吉村公三郎監督の美しいショットと緻密な演出力。分かりやすく端的に、因果応報による下克上を描いた女のドラマだが、この作品の見所は、それだけには留まらない。まずは何をおいても、京マチ子が纏う着物の艶やかさと、その所作の美しさ。髙島屋の全面協力による、当時としてはかなり斬新なデザインと色彩感覚に溢れた着物の数々を見事に着こなしていて、ついつい見とれてしまう。時代劇ではなく、こうした現代劇において、最も美しく着物が着こなされた日本映画の一本と言えそうだ。あと、大成した朱実のもとを訪れ、のうのうと玄関に居座り、タバコをくゆらす手をブルブル震わせながら、下品に金をせびる朱実の母を演じた、浪花千栄子のキョーレツな存在感は、もはや空前絶後。この、体を張った母娘の罵倒合戦のシークエンスは、ほんのわずかながら、笑ってしまうほど滑稽かつ見応え十分だ。

日舞の世界を描きながら、踊りそのもののシーンが少ないのは、日舞の華やかさよりも、その舞台裏でうごめく女たちの権謀術数に重きを置いたドラマであることを物語っている。その潔い省略が、かえって作品のテーマを浮き立たせているように思える。
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