シャチ状球体

ケスのシャチ状球体のレビュー・感想・評価

ケス(1969年製作の映画)
4.7
ケン・ローチの初期監督作。

家にも学校にも居場所がないビリー・キャスパーが、ハヤブサのケスと友達になる。
それだけ聞くと子どもも安心して観られる物語っぽいけど、そこはケン・ローチなので、現行社会の冷たさとそこからあぶれた人の孤独や苦しみもきちんと描かれる。

親の許可が無いと図書館にも入れず、サッカーではチームメイト内におけるトキシック・マスキュリニティを内面化できず、学校内で孤立していく。
唯一の友達であるケスと、唯一の理解者である担任の先生がキャスパーの世界の全てだ。冷たく理不尽なことばかりではなく温かいシーンもちゃんとあり、社会運動に参加できる力もなく誰からも保護されることもない子どもから見た全く遊びのない世界。それをここまでリアルに描いた映画は中々ない。

特に何か劇的なことが起こるわけではないけど、だからこそ子どもは辛い。これがあと何年も続くし、フルタイムの賃労働をしようと思ってもできないうえに地方だと成人してもろくな求人が無いのだから……。
そして、このタイトルからのこのラスト。同監督の『わたしはダニエル・ブレイク』や『家族を想うとき』と比べて全く救いがない。もう少し静かな余韻が欲しかったところだけど、主人公の年齢を考えるとこれはこれで監督なりに寄り添ったつもりなのかもしれない。

ただ子ども特有の息苦しさと重苦しさを誇張するだけではなく、少ないながらもキャスパーの居場所や落ち着ける時間が劇中で用意されているところにケン・ローチの義憤を感じた。何故子どもがこんな目に遭わなければいけないのか、どうして社会は趣味や特技を労働力に還元したがるのか……現代にも通じるテーマがここにはある。
シャチ状球体

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