猫脳髄

殺しのドレスの猫脳髄のレビュー・感想・評価

殺しのドレス(1980年製作の映画)
3.8
ブライアン・デ・パルマのスリラー作品は、ヒッチコック狂が過ぎて戸惑うほどだが、本作はさらに過熱して、画づくりはじめ異常なレベルに到達している。ヴィルモス・ジグモンドやリチャード・H・クラインら名撮影監督との協働とは趣が異なり、本作ではデ・パルマの趣味性が爆発している。

シナリオも「サイコ」を下敷きに、ヒッチコック作品からの引用、パロディを散りばめ、蛇足に陥る危険性も顧みず、ほとんど「サイコ」に忠実なシーンすら盛り込んでいる。音楽もお馴染みのバーナード・ハーマン(「サイコ」も担当)がわざと同作に寄せたスコアを提供しており、寄り添い方がハンパでない「本歌取り」を志向した作品である。

さらに、テクニックを駆使した異常なシークエンス(※)がいくつも盛り込まれ、もはやどこを見ればいいのか途方にくれる。スリラー作品でここまでマニエリスムに徹する作品もなかなか見当たらない。

シナリオ自体は、スリラーとしては実は単純な部類に属するため言及を控えるが、その分、演出、カメラワークの異常さが際立っている。殺人シーンの演出など、ジャッロに接近しているほどだ。作り手の自己満足と娯楽性とのギリギリのキワにあるような危なさはあるが、間一髪で名作に仕上がっている。

※あえて数え上げてみると…
▽アンジー・ディキンソンの性的願望を可視化したと思われる冒頭のシャワーシーン。クロースアップを多用し、ディキンソンと若々しいボディの差し替え(スタントである)をつなげる
▽美術館(撮影はフィラデルフィア美術館)での追跡シーン。時代や作風でセグメント化している迷宮的構造を生かした見事なシークエンス。おそらく美術館を撮影場所にした作品では最高の出来
▽エレベーター内部で起こる最初の殺人。狭い空間で鏡を介することで、奥行きと多視点性を獲得する
▽極めつけだが、精神科医のマイケル・ケインと娼婦のナンシー・アレンがそれぞれの自宅で同じテレビ番組(ヒントにもなっている)が映るシークエンス。画面分割と鏡の介在の全部盛りで眼差しが乱反射する最大の見どころ
▽殺人鬼がフレーム外から突如現れるようなショッカーは周到に避け、巧みに被害者と同一フレームに収まるようにしている。ズルはしないのだ
▽稲光に照らされたクライマックス。アレンの背後から迫る異貌の殺人鬼と光るカミソリ!
▽精神科病院のシークエンス。高さレベルの異なる場所を俯瞰して画面分割のように見せる
▽ラスト近くのもうひとつのヤマ場。ドアノブとカミソリの反射ポイントまで緻密に計算され、足が映っているだけでサスペンスを維持する剛腕
▽このほか、鏡を使用して内心を表現する手法などもあげられる。ナレーションベースのモノローグなどバカみたいなことをしないだけでもエラい
猫脳髄

猫脳髄