なべ

モスラのなべのレビュー・感想・評価

モスラ(1961年製作の映画)
3.3
 モスラが4K修復されて、幻の序曲付きで午前十時の映画祭で上映されるというので観てきた。配信やLDで何度も観たが、スクリーンで観るのは初。まだ生まれてなかったもん。
 古さを感じさせないとはさすがに言えなくて、間の悪さや正義側のモラルのなさ(報道倫理に欠けたマスゴミっぷり)に、うへぇとなるのだが、怪獣映画としての風格は充分。
 クライマックスではニューカ(ヨ)ークに飛来し、街を大混乱に陥れるというワールドワイドな蛾の怪獣の華麗なるデビュー作。
 一応、この時代の怪獣映画のお約束として、原爆実験の是非、インファント島民への人権侵害、敗戦国へのゴリ押し等、米国に物申す戦後の映画人の気概はいいね。まあ、アメリカ合衆国じゃなくてあくまでロリシカ共和国なんだけど。
 が、そんな気骨とは裏腹に、高濃度の放射能に被曝しながらピンピンしてる船員の秘密を調査しに行ったのに、手ぶらで帰ってくる体たらくぶりにはちょっと呆れた。いつの間にか小美人誘拐問題に話がすり替わってる。ここは島民(土人と呼びたくなる黒塗りの原住民)との交流の機会を得て、せめて赤い汁を持ち帰るくらいのことはして欲しかった。
 さて、他の怪獣と戦わずしてどういう大災害を引き起こすのかというと、幼虫モスラによる東京第三ダム(小河内ダム?)の決壊、横田基地から青梅街道を爆進と、怪獣映画らしい破壊行為をちゃんと披露してくれる。海を渡ったモスラが突然奥多摩のダムに現れるルートは謎だが…。もしかしてこのあたりの秘密が復刻によって明らかになるのかと密かに期待してたんだけどね。
 圧巻は東京タワーをへし折って繭をつくるシーン。幼虫から成虫へ変態を遂げる際の、広がりゆく羽の描写が美しい。総天然色の破壊と誕生の名シーンだ。原子熱線砲による攻撃が羽化を早めたってところはもうちょっとわからせて欲しかった。
 羽の模様からするとヤママユガの怪獣なのかな。平成モスラでは国会議事堂で羽化したけど、やはり東京タワーの方が映える。

 主役はスッポンの善ちゃんことフランキー堺。彼の軽妙で憎めない(モラルは低いけど)新聞記者役は、映画全体のトーンを陽性へと導き、深刻さのない楽しい仕上がりになっている。ヒロインの花村女史はただそこにいるだけの職業婦人で、これといった働きはない。かわいいけどお色気も担ってない。しいてあげるなら「善ちゃん大変よ!」という係か。
 一方、不良外人・ネルソンはジェリー伊藤がわかりやすくワルを演じてくれているので、安心して憎める。小学生の観客がトイレの前で、「ネルソン、イラッときたわぁ!」と毒づいていたのがとても良かった。
 やはり白眉はザ・ピーナッツの小美人。美女ではないのだが実に印象的で、歌のハーモニーはもちろん、ちょっとしたしぐさや困った表情、話す時のユニゾン加減まで息ピッタリ。奇妙なメロディの和声も絶妙にハモってみせて、双子スゲー!ってなるから。てかあの2人が醸す特別なチャームがモスラの価値を高めているといってもいい。平成モスラが魅力に欠けるのは小美人がザ・ピーナッツではないからだ。アイドルの学芸会的な芝居を見せられて「しょーもな!」と心のなかで毒づいたのを覚えている。
 あと、インファント島の原住民によるモスラに捧げる神聖な群舞があるんだけど、土人風な見かけからてっきりプリミティブなトランス舞踏かと思いきや、男女の求愛を表現したモダンな振付ダンスなのな。放射能を無害化する薬剤をコケ類から精製したり、石を打ち鳴らして暴力反対を説いたりと彼らはなかなか侮れない原住民なのだ。中條氏が指摘するアトランティスとの関連も、あながち的外れではないのかもしれない。
 だからこそ、研究班は彼らともっと交流を密にすべきだったのだ。ネルソンも金儲けがしたいなら、小美人より赤い汁の精製法を盗んだ方がずっと儲かるのに。ほんとバカ。
 バカといえば、小美人の興行でホールに観客を呼ぶってやり方もバカ。あれじゃ客は見えんわな。巨大レンズを置いて大きく見せる工夫とかもっと知恵を使わないと。ネルソンが人相だけじゃなく頭も悪くて結構イライラした。まあ客もかわいそうと言いながら妖精ショーに行列作ってるから、似たり寄ったりなんだけどさ。
 おもしろいかと聞かれたら、資料的な意味でおもしろいと答えるようにしている。モスラ出演作でオススメの一本となったら、やっぱりモスラ対ゴジラだよね(ゴジラvsモスラではない)。
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