サマセット7

ブレイブハートのサマセット7のレビュー・感想・評価

ブレイブハート(1995年製作の映画)
4.1
監督・主演は「マッドマックス」「リーサルウェポン」、「ハクソー・リッジ」のメル・ギブソン。

[あらすじ]
13世紀末、イングランド支配下のスコットランド。
冷酷非情なイングランド王エドワード1世(パトリック・マクグーハン)による侵略で家族を失った平民ウィリアム・ウォレス(メル・ギブソン)は、イングランド人領主により最愛の女性ミューロン(キャサリン・マコーマック)をも惨殺され、復讐を誓う。
やがてウォレスの戦いは、人々を燃え立たせ、スコットランド独立戦争に至るが、スコットランドも一枚岩ではなく…。

[情報]
俳優としても高名なメル・ギブソンの、監督としての代表作にして、世界的な高い評価と、論争をも巻き起こした、問題作、とされる。

今作は、13世紀末の実在の人物達による、スコットランド独立戦争を描いた作品である。
しかし、あらゆる点で史実から大幅に逸脱しており、歴史の歪曲がどこまで許されるのか、論争を巻き起こした作品として知られる。
タイトルの表す人物(本来はブレイブハートとは、スコットランド王ロバート・ザ・ブルースを象徴する)が実在の伝承と異なる点、服装、楽器、ペイントが当時使用されたものではない点、戦場や著名な戦闘の内容が史実と異なる点、当時処女権という制度を採用した事実が見当たらない点、重要な登場人物であるイザベラ王女が当時イングランドに来てすらいなかった点、ウィリアム・ウォレスが戦争に加わる経緯、「裏切り」の存在など重要なストーリーラインがほぼ史実と異なる点など、史実の歪曲は映画全体に及んでいる。
日本で言うと、「ラストサムライ」が西南戦争を描いた史劇、と紹介されることに感じる「全然違いますけど」感に近いか。

他方で、今作において、監督メル・ギブソンの特異な才能は爆発しており、1995年公開の今作が、同時期に盛り上がったスコットランド独立運動に顕著な影響を与えたと言われるほどのヒットとなった。

メル・ギブソンは、アメリカ生まれオーストラリア育ちであり、スコットランドとは何の縁もないと思われる。
マッドマックスシリーズと、リーサルウェポンシリーズの俳優としての成功でハリウッドスターとなり、今作で監督としては2作品目。
「パッション」「アポカリプト」「ハクソーリッジ」と、今作に続く監督作はいずれもこだわり抜かれた暴力描写や拷問描写と、史実より映画表現を優先する創作姿勢で著名である。
他方、2010年以降、DV事件や差別発言が公になり、一時ハリウッドから干されていた。
狂気の人、と言うのは語弊があるかもしれないが、相当尖った人物であるのは間違いなかろう。

今作は、7200万ドルで製作され、2億1300万ドル超のヒットとなった。
批評家、一般層とも、賛否はあるものの一定の支持を得ている。
アカデミー賞作品賞、監督賞ほか5部門で受賞されている。

[見どころ]
エモーショナルな復讐のドラマ!!
メル・ギブソンの演技、演出は素晴らしい!
苛烈な戦闘描写と、終盤の目を背けたくなる拷問の描写!
メル・ギブソンの嗜好が爆発している!!
敵王エドワード1世やその息子エドワード王子、イザベラ王女にロバート・ザ・ブルースなど、脇役も印象的!
現代アメリカ人の価値観丸出しのメッセージ性や事実改変には好みが分かれるか。

[感想]
色々評価の難しい作品だ。
いくつか論点を仮想して、答えてみるのも楽しいかもしれない。

論点1、史実の改変、どこまで許す?
私としては、フィクションはフィクションなので
語りたいテーマやドラマ性に寄与する改変なら、そこまで気にならない。
今作も、やってるなあ、とは思うが、作品の評価には影響しない。
とはいえ、それはスコットランドにもともと馴染みがないためで、日本の歴史を描く場合はまた別だろうし、外国の話でも、もともと思い入れのある歴史人物や事象が改変されれば、おいおいと思いそうだ。
その意味で、今作は、良くも悪くも、スコットランドと無関係な監督、脚本家だからこそ出来た作品だろう。

論点2、監督や俳優の、後年のスキャンダルは、作品の評価に影響するか?
これは、当然、影響する。
とはいえ、犯罪や不適切な行動が報じられた者が作った作品だから、当然に評価しない、とか、見ない、という単純なものでもない。
その意味で、作家と作品は別ものである。
ただ、DVを報じられたり、差別発言を報じられたりするような人のメンタリティが、作品にどのような影響を与えたか、には興味がある。

論点3、メル・ギブソンの嗜好、好きか嫌いか?
今作では、かなりネットリとした拷問描写、殺戮描写が頻出する。
最大の見せ場、スターリングブリッジの戦いでは、実際に矢を放って、盾で受けさせたとか。
狂気!!!
うわー、と思いつつ、目が離せないのは、暴力をも娯楽として消費する人の業なのか。
というわけで、好きとも嫌いとも言い難い。
いずれにせよ、メル・ギブソンが変態なのは確定でいいと思う。

論点4、今作を楽しんだか?
大いに楽しんだ。
題材として、そこまで有名でもないし、半裸にキルトに青フェイスペイントの髪を編んだおっさん達に絵的な華麗さも皆無だが、ここまで面白いのは、演出力と演技力が大きいように思う。

例えば、恋人の死を知ったウォレスが、ゆらりと馬上の人として現れ、静かに砦に向かうシーン。
静から動に移るカタルシス!緊迫感!!

例えば、スターリングブリッジの決戦における、
ウォレスの演説!
挑発の面白さ!!
騎馬隊との激突に至る、溜めに溜める演出!!

例えば、酷薄な王エドワード1世とエドワード王子、イザベラ王女の、緊迫した関係性!!
父王に怯える王子の恐怖!
慈悲を持たぬ王への、王女の憎悪!!

例えば、ある事実を知った、ウォレスの表情!!
それを見た、相手の表情!!!
心情の動き!!

そして、終盤の例のシーン。
メルギブの変態性、爆発!!

これはもう、色んな問題点はさておき、問答無用で傑作と言わざるを得ないと思う。

[テーマ性]
信念が、時代を動かす、ということ。
そして、自由の尊さ。
このテーマは、ウォレスの言動全般に反映されている。
演説内容など、そのままだ。

啓蒙主義勃興前の13世紀時点で、民衆の自由、などという概念が存在し、尊重されたかというと、はっきり疑わしい。
これは現代アメリカ人であるメル・ギブソンの思想の表現とみるのが妥当だろう。

メル・ギブソンの思想との関連で言うと、今作のエドワード王子は、いわゆる「なよなよした同性愛者」として描かれているが、ステレオタイプな表現で、今観るとかなり酷い。
メルギブの作家性が悪い方に出てしまった例だろう。

他方で、父王エドワード1世の、人を愛すことのできない酷薄な父親のキャラクターは、非常にリアルで恐ろしい。
こちらは、メルギブのパーソナリティが迫真性という方向で作用したものかもしれない。
もちろん、演じるパトリック・マクグーハンも素晴らしく、今作において、ウォレスに次いで印象に残るキャラクターとなっている。

信念に殉じたウォレスの生き方は、美しいが、哀しい。
人は皆死ぬが、本当に生きる者は少ない、と彼は言う。
自分は、本当に生きていると言えるだろうか。
後悔しない生き方ができているだろうか。
問いかけが心に残る。いい作品である。

[まとめ]
歴史改変で論議を呼んだ問題作にして、良くも悪くもメル・ギブソンの嗜好と思想が炸裂した、時代スペクタクル映画の傑作。

今作は復讐劇であり、基本シリアスで遊びは少ないが、親友の巨漢ハミッシュと、アイルランド人の曲者スティーブンは、ユーモラスで楽しい。