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大虐殺のotomisanのレビュー・感想・評価

大虐殺(1960年製作の映画)
4.0
 敗戦から15年、日米安保条約改定の期に日本人が養った旧軍とはどのようなものであったか、関東大震災の混乱に乗じた不穏分子掃滅に遡って説き直して見せる。そんな軍または警察に対し当て馬のように引き合いに出されたのが大杉栄らを殺され官憲に恨みを持つテロリスト集団「ギロチン社」である。
 ただし、会の発足は大杉とは無関係'22年の事、また、彼らがアナキストの先達として共感していたとしても実際に大杉の近辺で動いていたのかはよく分からないし、「ギロチン社」の名前も話中全く出てこない。だいぶふくらまされた話である。

 当て馬というのも、取り締まり当局からすれば要注意には違いないものの彼らは所詮素人連、やることなす事ヘマばかりだからだ。ただし、主義者狩りにせよ、不逞鮮人取り締まりにせよ、震災を期の強硬策を正当化し押し通すうえで、こうした微力なテロ集団は恰好の悪宣伝材料にできただろう。
 現に放っておいてもデマによる朝鮮人殺害が広く横行したように普通の市民にすでに併合により朝鮮人の恨みを買っているとの意識が根付いていたわけである。その尻馬に乗って今度は大戦後の不況による労働運動の高まりを圧迫するために思想犯を一気にテロリストに昇格させ市民の危機意識を煽るのだ。そのうえで治安維持新法成立まで狙えるいい口実を見出した格好じゃないか。

 まさかそんな事とは思いもすまい、他方、社中の面々の不運続きというか素人っぽさは気の毒なくらいだ。怪しんで下さいと言わんばかりの不信行動や襲撃時の初発空砲の不用意さ、それ以上にとどめを刺そうという次発、第三発を用いない事の不明さ、相手を失神させる機転の巡らない不用意殺人、強盗未遂の間抜けさなど敵に塩を送る事に腐心するようなありさまだ。
 そんなやれやれ場面の末に、殺した銀行員の娘が飲み屋の女給で現れ、天知=古田大次郎は情を交わしてしまうとなると、どんな因果応報だろう。そこで悩んで、死者に詫びるつもりか?悪の首魁、戒厳司令官以下まとめて暗殺に走るというなら、なんとも人情にあふれた話だろうが、もちろんこれらは作り話。

 これだけ間違いが重なれば、彼らがいかにテロに不向きだったかが知れるだろう。事前の訓練があればうまくいったのか、自由民権運動家や反新政府活動家が昔話となり、まだ、共産主義者の国際活動が活発になる前、あるいは国粋主義者の冷徹な活動が始まる前のテロ退潮期、同朋また被害者、交際相手への情に悩み、血気に走って挫折する彼らの暮らしも活動も崖っぷち、時間切れな感じばかりが伝わってくる。
 そこで、爆死よりも最期は法廷での弁舌で死に花を咲かそうと念じたなら、それも不発に終わる事を物語が閉じられるときの天知=古田は知る由もない。

 このあとは映画からはみ出した部分で、後年の研究者の考えた事である。もともと、震災の尻馬、それ以前からの朝鮮人問題の不安の尻馬に乗った取り締まり当局の蛮行がしてやったりなものだったとしても、微力なギロチン社の繰り返す犯行を十分取り締まれない警察、軍は日に日に批判の的になってゆく。
 '25年、いざ、主要メンバーの古田や中浜を捕えてみれば、おそらく摂政宮の暗殺まで自供するに至り、震災後の第三の大逆犯となり再びの倒閣の恐れも考慮せざるを得ない事になる。
 これは、司法にとって世に伝えたくない大ごとであるし、古田や中浜にとっても仲間の摘発に手心を加えさせる取引の好機でもある。そこで約定成立。大逆犯を取り下げて古田も中浜も死刑となり、大逆は一言も触れず恐喝とテロ未遂の山が記録されて沙汰闇。
 その後、当局の記録の歯切れの悪さは広く憶測を呼ぶが何ほどの事、やがて軍が政治を圧倒して大戦に敗け'59年に至る。これから、強者の戦争の巻き添えを食らうのか、うまい具合に軍備を免れて経済が繫栄するのか、どっちにしても特定の誰かしか儲からないうそ臭さを覚えながら気もそぞろな監督は今さらアナキズムでもないし、暴政に爆弾を食らわせて目が覚める人間がどれほど現れるとも知れないが、しかしそれでも史実と異なる天知=古田を事件現場で現行犯逮捕させたかったに違いない。

 来る'60年の安保闘争を前に「大虐殺」を公開して何を伝えることになるだろう。むかし、言論では埒のあかない将来を想像して暴力に目覚めた人々のあまりの微力が国を破綻させたのなら、今'60年とはどんな時代だろう?今度こそ言論で政治を変えられるのか、反証を示しながら60年人に軍をなくし、選挙法を整え、言論の自由を明記させて、それで本当に政治を操れるかい?と問うような気持であったのではないか。

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ネット上、次の著作にお世話になりました。
小松隆二(1973)ギロチン社とその人々, その二(三田学会雑誌, vol.66, no.5)
二村一夫(1968)亀戸事件小論(法政大学大原社会問題研究所『資料室報』138号)
秋山清(1975)「大杉栄の旅」小感, 本郷菊坂通り
無名氏(2014)大正テロリスト・中浜鉄 ( ギロチン社 ) 秋山清『 目の記憶 』[ブログ]

専門家になる入り口用にこんな資料もあります。
中濱鐵//著, 亀田博, 廣畑研二//編(2007)中濱鐵隠された大逆罪ギロチン社事件未公開公判陳述・獄中詩篇(トスキナア別冊). 皓星社刊
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