シズヲ

チキンランのシズヲのレビュー・感想・評価

チキンラン(2000年製作の映画)
3.8
『大脱走』等の映画に着想を受けているらしいが、そのモチーフに違わぬ養鶏場のビジュアルが良すぎる。鉄条網に囲まれた敷地、規則正しく並ぶ番号付きの小屋、整列させられる雌鳥達、番犬を連れ歩く看守(もといこき使われてるおっちゃん)など、絵面が完全に戦時下の捕虜収容所である。全く以て容赦がない。冒頭で描かれる脱走への試行錯誤の様子も含めて、スラップスティック的なユーモアで塗装されながらも終始に渡ってビジュアルが泥臭い。

養鶏という形でデフォルメ化された搾取の構図に加えて“生産性を失った捕虜=雌鳥の処刑”など、養鶏場の環境はオブラートに包まれながらも極めてシビアである。文字通り命懸けの境遇で飼い慣らされている。英国空軍を自称する年寄り雄鶏の存在が尚の事“収容所”のような空気感を生み出している。そして何処となく『大脱走マーチ』を思わせるBGMや、雄鶏のロッキーが自転車でフェンスを飛び越えるカットなど、元ネタを連想させる要素も多々盛り込まれているのが憎めない。

そんなこんな言いつつも、やはり『ウォレスとグルミット』等を手掛けたアードマン・アニメーションズによる映像はとても良い。人間的な顔付きの鶏たちに初見ではちょっと面食らうものの、何やかんや受け入れてしまう。本作は同スタジオの過去作と同じくストップモーションによるクレイアニメだけど、それだけに画面内で多数の雌鳥達がわちゃわちゃと動き回る描写の数々に脱帽させられる。チキンパイ製造マシーンや自家製飛行機といったガジェットの作り込みも凄い。飛行に向けた訓練などのユーモラスなドタバタ感やダンスパーティの賑やかな絵面も好き。

制作側が何処まで意図しているのかは不明だけど、元ネタとなる映画の男性性に対して本作は寧ろ女性が主体となっている。“搾取される女性達”の中に存在する“自発的な女性リーダー”が奮闘し、“権威の側に立つ女性”に立ち向かおうとする構図なんだよな。英国軍人雄鶏やミスター・トゥイーディなど、コミュニティー内部の男性は女性社会の付随品である。そんな中で異邦人として現れるロッキーには“米国人”のイメージが明確に埋め込まれ、“英国人”としての雌鳥達(ひいては養鶏場のコミュニティー全体)と対比されているのが印象的。

最後はハッピーエンドではあったとはいえ、あんだけ飛ぶ飛ばないで引っ張ってたのだからせめて最後はちゃんと自力で飛んでほしかったや。
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