たく

天井桟敷の人々のたくのレビュー・感想・評価

天井桟敷の人々(1945年製作の映画)
4.0
はるか昔に観たマルセル・カルネ監督の名作を再鑑賞して、2部構成で描かれる男女のやり切れない愛憎劇にどっぷり浸かった。一度観たはずなのに内容を全く覚えておらず、初見の感覚で観られたのが良かった。パリを舞台にして一人の魅惑的な女性に翻弄される男達の群像劇で、ファムファタールの典型みたいなアルレッティの落ち着き払った佇まいに漂う熟した魅力に惹きつけられた。何といってもジャン=ルイ・バローの性別やら存在すらおぼつかない儚さに釘付けとなったね。

パリの繁華街の見世物小屋で、裸体(上半身)を売りにしてるガランスにいきなりギョっとさせられる。彼女を見初めて口説く伊達男のフレデリックに、ガランスと腐れ縁ぽいインテリ悪党のピエールが登場し、ピエールが仕掛けた盗難騒ぎの嫌疑をかけられたガランスを救うバチストのパントマイム演技が圧倒的。ガランスがそのお礼としてバチストに一輪の花を贈るのがまるで「カルメン」で、中盤から参加する伯爵を含めた男4人のガランスを巡る綱引きが始まるのが、彼女のファムファタールっぷりを示してた。

夢を追う純粋無垢なバチストと、世の中のあらゆる男から求愛されて現実に汚れ切ってしまったガランスが互いに強く引き寄せられる話で、想いを寄せる二人がなかなか結ばれないという定番ジャンルの原点かなと思った。愛されないことを分かっててガランスに対して予め「君に対する愛はない」という防衛戦を張ってるピエールと、街の噂を嗅ぎ回ってる独身男のジェリコ(ピエール・ルノワール!)の、愛を知らないゆえの孤独が滑稽かつ哀しい。プレイボーイの典型であるフレデリックが軽薄に見えるもどこか憎めない人物で、シェイクスピア劇に人の本質を見抜いてるところが味わい深い。

ジャン・ルイ・バローのパントマイム演技がかなりしっかり描かれたのが見応えあって、ムーンウォークの原型みたいなシーンには惹き付けられた。本作は誰一人として想いが成就しない愛の不毛を描いてるようでいて、バチストと結ばれる運命を絶対的に信じてるナタリーに女の怖さを感じた。彼女がバチストと堅実な家庭を築き、ガランスを諦めさせるために子どもを彼女の元に遣わせるシーンは殆どホラーでゾッとさせる。彼女の勝ちと思いきや、ラストで現実と超越の二人の女性に引き裂かれて居場所を失うバチストは「ノルウェイの森」のトオルみたい。BGMのオーケストラ演奏がシャルル・ミュンシュ指揮というのが豪華だった。
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