「四谷怪談」の主演の長谷川一夫は、天下の二枚目だ。
その彼が伊右衛門を演じるというので、厄介な問題が生じてしまった。
四谷怪談の主人公、民谷伊右衛門はおのれの欲望のためなら、人殺しも平気な極悪人だ。
だが、いかに夏の定番とはいえ、天下の二枚目に悪役はさせられない。
そこで、このジレンマを解決するため、ストーリーの大改変が行われたのだ。
すなわち、伊右衛門を上司の娘婿に仕立てて、出世の手蔓としたい周囲の陰謀で、彼は妻が不貞を働いていると信じ込み、死に追いやるが、遂にその真相を知り、悪人達と大立ち回りの末、これを討ち果たす。
もともと鶴屋南北の戯曲自体が長いので、映画化の際、かなりの脚色を行うのが常だったとはいえ、悪玉を善玉に変えてしまったのは、この作品くらいのものだろう。