ずどこんちょ

学校のずどこんちょのレビュー・感想・評価

学校(1993年製作の映画)
3.8
心に沁みる良い映画を見ました。
派手なアクションやスケールの大きい予算など必要としない、ストーリーや台詞で見せる邦画の良いところが詰まったドラマでした。さすが山田洋次監督。

実在のモデルをベースに描かれた夜間中学の話です。この映画で夜間中学の知名度が上がったのだとか。
クラスメイトにはヤンチャな若者や不登校の少女、障害を抱えた生徒に在日韓国人や中国と日本のハーフなどが集まっています。
個性豊かだからこそ、それぞれの色が混ざり合って面白いクラスです。一歩間違えれば互いの価値観を否定し合ってしまいそうでもありますが、それが成り立っているのは西田敏行演じる黒井先生がいるから。

教師でありながら、夜間学校というものは生徒に教える立場であると同時に、生徒たちから教わることの方が多いと自覚しており、決して偉そうに威張ることなく彼ら一人一人の存在や意見を認めています。
生徒たちが人生の先輩であったり、紆余曲折あってここまで辿り着いたりしており、生徒たちの経験の深さは圧倒的。そんな夜間学校だからこそ、黒井先生は自分が彼らを導くなどという驕りは決して抱かないわけです。
「僕はこの学校の古狸になりたい」などの冒頭の持論にはやや時代にそぐわない印象を持っていましたが、生徒と接する時の黒井先生の向き合い方は何かを教える立場にある人間には必見です。

授業中に眠るのを日中の仕事のせいにするヤンチャな生徒と張り合って、翌日、黒井先生もその生徒と一緒に清掃会社で働き始めてヘトヘトになるところとか、人間味があるから生徒がついてくる。
教えてる内容や肩書きではなく、素直な気持ちでぶつかって同じ目線で語り合える人柄が大事なのだと感じます。

映画は前半部分でクラスメイトたちがそれぞれに抱える背景などが描かれますが、後半は生徒の一人である田中邦衛演じるイノさんの死が描かれるというドラマチックな展開です。
急きょ、ホームルームを開いてイノさんの過去を振り返る黒井先生。
過去を聞いているだけでも、イノさん本当に人間の魅力に溢れた男なんです。競馬が大好きで、馬の魅力を教壇で熱く語るシーンもとても楽しそう。

そして、仲間たちはイノさんの人生を通して「幸福」とは何なのかを語り合うのです。
すごい。何も派手なシーンがあるわけではないのに、確実にここが盛り上がりどころなのだと伝わってきます。各自が自分たちの背景に重ねて、それぞれの思う価値観をぶつけ合う。まさに、ドラマで見せる、セリフで見せる作品です。

黙祷の間、隣の教室の授業の音や飛行機の音が大きくなって聞こえてくる演出がすごいと思いました。黙祷を捧げている間、気持ちとは裏腹にいつもは気にならない生活音が聞こえてくる感覚、分かります。
その微細な人間の感覚を映像で再現しているのがリアルです。

学校はただ教師が生徒に教えるというわけでもなく、ましてや教科書で教える場所でもありません。人と人が混ざり合って、学びの場を作り出す。一人では分からない問いに対して、話し合いながら解を見つけていく。探っていく。
そんな体験が一生に一度でもあるならば、学びの価値観はぐんと広がるのだと感じました。