Jeffrey

野ゆき山ゆき海べゆきのJeffreyのレビュー・感想・評価

野ゆき山ゆき海べゆき(1986年製作の映画)
4.5
「野ゆき山ゆき海べゆき」

冒頭、ここは瀬戸内のとある城下町の尋常小学校。一人の転入生。その子の美しき姉、少年たちの恋心、ライバル心、川下り、戦争ごっこ、捕虜交換、大日本帝国、赤紙、筏、西軍と東軍。今、戦争の暗い影が押し寄せている時代の一夏の出来事が映される…本作は大林宣彦が一九八六年にATGで撮った青春ドラマで、カラーとモノクロバージョンが収録されているDVDを購入して再鑑賞したがやはり素晴らしい。 題名は原作と同じ佐藤春夫の詩"少年の日"の一節から取られたとの事。尾道三部作を始め、青春を謳歌するかのごとくメガホンを撮り続けた、大林監督の集大成的一大叙事詩として有名な一本である。本作は第ー章から第四章まで分けられている。本作を二十八年前に監督が小説を読み、その時から四半世紀の長きにわたりこの作風を映画化したいと言うことをずっと大切に育てあげてきた企画だったらしく、彼の「転校生」や「時をかける少女」、「さみしんぼう」に続き広島県尾道市、福山市、和歌山県新宮市などで夏のオールロケーションで行われた力作とのことだ。

にしても、お昌ちゃんを演じた鷲尾いさ子(第一回主演作品)が可愛らしいのなんのって、、それに脇役にガッツ石松や三浦友和、佐藤浩市等などが脇を固めている。 大杉栄を演じた片桐順一郎の様な顔立ちはかっこいいと思う。この作品画期的なところは、子供の中で戦争ごっこをするところに、日本がかつて戦争した相手国との関係を子供の世界に取り入れている。捕虜の交換だったり、平和条約を結んだり、一応戦争にルールをつけて戦ったり…と。それを子供の世界から大人の世界へと切り替え、軍靴の足音の響きを聞こえるように演出している。

そして子供たちの戦争は西軍と東軍に分かれ、それぞれのお寺に本城を構え出撃開始すると言う形をとっている。そしてどこからともなく石が投げ込まれて西軍のリーダーであるボンチャンがやられてしまい、互いのグループは石を投げ合い最終的には収拾がつかなくなる。この点は大東亜戦争で日本が体験した実情を映し出している。また、平和主義で本作のヒロインの恋人の勇太に対して非国民と罵りヤクザの親分たちがリンチをする場面も当時どこかしらでそういった国のために戦わなかった人々に行われた仕打ちを映しているんだと思う。

そして劇中ですごく印象的なセリフがある。それは"結局大人の戦争と同じで、自分たちで勝手に始めたものの、気づいたときにはもうどうにも抑えられることができず、戦争のほうに自分たちが勝手に引きずり回されているのだ“と言う言葉がすごく考えさせられた。それでも大杉くんと須藤くんが戦いを止めようとしないで、最終的にはたらい舟から先に落ちた方が負けと言う決闘を川でする。これは大東亜戦争でもはや勝ち目がないと分かっていてもやるしかないと言う決断をそのまま子供の戦争ごっこに反映したとみられる。その流れで大杉くんは自分よりも体の小さい須藤くんの腕を折ってしまう始末、本来ならお昌ちゃんがきちんとその決闘を双眼鏡で見て審判を下すのだったが、勇太の筏に乗り移ってその場を立ち去ってしまう。それを見た須藤くんは決闘なんかもうやめたと岸に行くのだが、怒りを抑えられない大杉くんが先程言った腕を折る行為に至るのだ。

それからあれほど戦争が嫌いだった勇太の所にも赤紙が来て戦争に召集されてしまう。だが、お昌ちゃんと駆け落ちすることを決心していたため行くつもりはなかったのだが、筏乗りの仲間の戦死を知り、その遺骨を抱く老婆の姿を見て決意を変え、戦争にいかせてくれと彼女に言う場面も強烈に慟哭する。実はそこにはもう一つのプロットがあって、だがそれはネタバレになるため言えないので、自分たちで確認して欲しいのだが、なかなか笑いある青春映画なのだが、シリアスな場面も含まれている。この作品を見ると尾道三部作とはまるっきり違うテイストで、どちらかと言うと戦争時代の背景をとっており、寓話性が色濃く出ている。クライマックスの所でド派手なメイクアップをする子供たちの下りを見ると、寺山修司の作品を思い出す。だが、カラーバージョンでもモノクロバージョンでもその部分はモノクロになってしまうためカラーで見ることができない。またコントラストの強い映像作りに仕上がっている。わりかし実験的な試みをとっている作品でもある。




さて、物語は戦争の暗い影が押し寄せている時代。瀬戸内のとある城下町では大人も子供もわんぱくだった。転校してきた大杉には、美しい姉、お昌ちゃんがいた。彼女をめぐってお互いに意識しあう無邪気な少年たち。やがて彼女は、商売に失敗した父親の身勝手で、遊郭に売られてしまうことになるのだが…

本作は冒頭に、第一章"困った奴が来た"と言う文字が写し出されカットは変わり、日章旗が風に揺らめくショットで始まる(蝉の鳴き声が聞こえる、そして太鼓の音)。続いて、太鼓を叩く男性、原風景な静かな田舎町の小学校の門が捉えられる。そこには野良犬がいて、子供たちが浴衣姿で路地を歩く。カメラはそれをあらゆる角度から捉える。続いて、スキップをしている一人の制服を着た少年を映す。彼は途中で人力車に乗っている男性に坊や気をつけてくれよと言われ、お付きの者がその少年をあしらう。少年は黙って彼らを見つめて、またスキップして立ち去る。彼は歌を歌いながら小学校へ到着する。彼の名前は須藤総太郎。学校の下駄箱に到着して彼は双眼鏡で室内にいる一人の女性を見つめる。そこにクラスメイトの少年がやってきて、彼の首からかけている双眼鏡を無理矢理覗く。彼は首を絞められているように苦しむ。

そこへ少女がやってきて須藤くんの双眼鏡を返してあげなさいと言う。そして少年の一人称が始まる。続いて、須藤のクラスに転入生の大杉栄がやってくる。先生は彼に自己紹介をさせる。彼はー番後ろの席に座る。続いて、須藤が双眼鏡でまた先程の女性を覗いている。その女性の名前はお昌ちゃんと言い、大杉の美しいお姉さんである。続いて、便所に行こうとした大杉が扉を開けた瞬間にクラスの人気者の可愛い女女子生徒(冒頭、須藤くんに双眼鏡を返しなさいと言った女子生徒)がトイレをしているところを覗いてしまったと言うことでクラスメイト達に責められてしまう。先生は彼をクラスの後に立たせて、本当のことを言いなさいと問い詰める。彼は偶然で故意にやったことではありませんと述べる。

カットは変わり、学校の校庭で彼がクラスの五、六人の生徒たちに生意気だと言う事でボコボコにされる。たまたま帰り道それを目撃した須藤くんが血相変えて担任に事情を説明する。担任は驚きその場にやってくる。だが体が人一倍大きい大杉はその連中を返り討ちにしてしまう。続いて、少年たちは先生がやってきたことによって逃げてしまう。大杉は先生を呼んだ須藤を追いかける。須藤は一生懸命町を逃げ回る。途中でとつかまってしまうが、石を大杉の下駄の履いている足にぶつけて腫れさせる。その隙に急な斜面を滑って降りる。大杉も痛みをこらえて急な斜面を滑り下りて引き続き追いかけっこをする。何とか逃げ切った須藤、諦めて大杉が引き返す瞬間の下駄の足元をクローズアップするカメラ、そのままカットは変わり、須藤が足を桶で洗ってもらっている場面が変わる。

続いて、大杉は校庭で自分のことをボコボコにした子供たちを一人一人見つけて、仕返しする。仕返しされた子供たちは皆泣いてしまう。カットは変わり、町の散髪屋さんへ。どうやらガキ大将の少年は散髪屋の息子のようだ。大杉は疲れ果て自宅へ帰宅する。足の指を怪我ている事を姉貴に気づかれ、処置してもらう。カメラは姉弟を正面からとらえる。
二人の会話が始まる(ネタバレになるため伏せる)。続いて、須藤の自宅に青木中尉がやってくる。須藤は屋根裏で会話を聞いていて、蜘蛛が彼が読んでいた猿の本の上に現れ、びくついて音を立ててしまい、気づかれ刀で天井を突き抜かれるところを間一髪会話相手の男性に阻止される。そして須藤は大日本帝国の青木中尉のものまねを畳の部屋でする。カットは変わり、 お昌ちゃんが外の桶風呂を夜空の箒星を見ながら鼻歌をし、体を洗う。カメラはそれをズームする。その傍らでは竹刀を手に持ち体と精神を鍛えている大杉がいる。

続いて、そこへ大杉の仲間がやってくる。水を飲ましてくれと言うが、自分のお姉さんが今体を洗っているところなので、そっちはダメだと仲間の首根っこを掴んで阻止する。カットはお姉さんが美しい花柄の着物のようなローブを羽織る場面へ。それを覗く仲間を竹刀でぶったたく大杉、仲間は気絶する。カットが変わり、放課後へ。須藤が放課後なのに誰も校庭にいないので何か変なのであると独り言を言う。その理由は、裏山でガキ大将を率いる少年たちと大杉の対決が今始まろうとしていたからである。 お昌ちゃんは喧嘩のことを知っていたため、学校に赴いて教員に止めてもらうつもりだったが、そのことを言ってしまうと後で子供たちがお仕置きされるんじゃないかと思い、自分で止めに行こうとしている最中に、須藤がやってきて、須藤の機転をきかせた教頭先生が来たぞーと大声を出しその場で少年たちを蹴散らす事に成功する。大杉はクソと一言捨て台詞を言ってその場を去る。

続いて、弟(大杉の事)がだんだん暴力的になっていることを気にかけているお昌ちゃんは須藤くんにどうしたらいいか涙を流しながら訴える。すると彼は僕が考えた武器は一切禁止のルールを決めた"戦争ごっこ"と言う案を提案する。すると彼女は口笛の音が聞こえてくる方を見る。彼女は口笛を吹きながらその裏山にやってきた男性と一緒に去ってしまう。須藤は彼女を連れて行ってしまった男性に激怒して石を投げる。だが大きな犬に当たってしまい犬が須藤の所へやってくると彼は死んだふりをする。やがて、彼女をめぐる少年たちの恋心とライバル心からくる"わんぱく戦争"を繰り広げる毎日がやってくる。しかしお昌ちゃんが親の都合により、遊郭に売られていくことを知った少年たちは、大人たち相手にお昌ちゃん掠奪大作戦を展開する…と簡単に説明するとこんな感じで、侯孝賢の日本版と言えば突っ込まれるところもあるかもしれないが、古き良き日本の風景が写し出される大好きな映画である。とにもかくにも田舎町を舞台にしたなおかつ小学生(子供)の青春を捉える物語は大好きなので、大林監督の作品の中でも上位に来るほど好きだ。

いゃ〜、弟がお姉さんを好きと言う近親相姦的な題材にも取られるような作品だが、それを全て凌駕するような美しい物語設定が素晴らしい。 二人の川下りや清らかで奥ゆかしくて美しい映像の数々には感動させられる。子供たちによる捕虜にしてお昌ちゃんを自分のものにする可愛らしい戦争ごっこが見ていて本当に癒される。この作品にも印象的な場面がいくつもある。挙げればキリが無いがいくつか挙げてみる。まず、夜空の下で桶風呂を楽しんでいるお昌ちゃんが着物を着るシーンの幻想的なショットは魅力的だし、土砂降りに濡れた須藤をお昌ちゃんが着替えさせて体を拭くシーンでの須藤がちんぽこを両手で隠して恥ずかしそうにしている場面、向こうの部屋で仲良く笑い声が聞こえるのをいてもたってもいられず大杉が見に行き喧嘩になる場面も可愛らしい。とにかく大林の作品は風景画がとっても美しい。まるで絵画を見ているかのようだ。

また、川北先生に町の地図を作れと言われ大杉と須藤がともに町を回る場面や、川の流れが激しい流域での桶に乗って対決する場面、エピローグにつれてモノクロへと変わってゆく、お昌ちゃんの運命、ノスタルジーな日本音楽、原風景、暮色等が記憶に残る。エンディングで流れる笠置 シヅ子の東京ブギウギが懐かしい… 日本の歌謡曲であり青い山脈、リンゴの唄らと戦後間もない日本の音楽は大好きだ。こういった子供と大人たちの一大叙事詩のような作風を今現在撮る事は困難だろう。懐かしさが心地よい一本である。傑作。
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